中高年が絶対にやってはならない「膝カックン」
ひと昔前、膝カックンは日本中に旋風を巻き起こし一大ブームを築き上げました。
待ち合わせで膝カックン、駅のホームで膝カックン、立ち小便に最中の膝カックンと膝カックンを見ない日などありませんでした。
あれから20年以上の月日が経った今、私はあまりにも凄絶な膝カックンを目撃してしまったのです。
それは私の家の最寄り駅でのことでした。
その駅は地下鉄なので、改札に行くには階段を降りていかなければなりません。
ふと見ると、階段の入り口のところで、一人のハゲが携帯で電話をしながら大声でがなりたてています。
後ろ姿しか見えないのですが、どうやら電話の向こう側の相手がヘマをしたらしく、ハゲ頭を真っ赤にして怒り狂っているのです。
湯気が出そうな勢いです。
勢いに恐れをなした人々は、皆、ハゲを遠巻きにしながら階段を降りていきます。
私も現場に5メートルぐらい近づいたところで、左側にいるハゲを迂回しようと右の隅の方にそそくさと歩を進めます。
すると突然、私の前を右側から男が早足で横切りました。
「おわっち」
ハゲに気をとられて右サイドが死角になっていたので、もう少しで激突するところでした。
なんちゅう奴じゃ。
私がプンスカしながら「横切り男」を睨むと、男は私に謝りもせずに、まっすぐハゲに向かっていきます。
そして次の瞬間、恐ろしいことが起こったのです。
「ウッス! ウッスウッス」
こともあろうに横切り男は、珍妙な声をあげながらハゲの後ろから膝カックンをするではありませんか。
するとどうでしょう。
ハゲが膝から崩れ落ちて階段の下に真っ逆さまです。
「キャーーー!」
「ヒィーーー!」
「あわわわわわっ」
「おいおいおいおいっ! おいーーっ」
私からは惨劇は見えませんでしたが、階下からは様々な叫び声が上がってきます。
もはや、ハゲが下でタイヘンなことになっていることは火を見るより明らかです。
気がつくと、私のすぐ真横には「横切り男」が「どすこい」の格好をしたまま固まっていました。
その足元にはハゲの携帯が転がっています。
おそらく「電話の向こうの人」は、こんな惨劇が繰り広げられているとは夢にも思わないでしょう。
すると、次の瞬間、とんでもないことが起こりました。
なんと、横切り男が落ちているハゲの携帯を拾い上げて「電話の向こうの人」と話し始めたのです。
「そんなバカな」
今はそれどころではないことは、子供だってわかります。
どうやら横切り男はハゲの同僚で、再起不能になったハゲの人の代わりに「電話の向こうの人」と仕事の件での事態を収拾しようとしているようです。
信じられません。
今は一刻も早く救急車を呼ばなければならないはずです。
電話の向こうの人がたとえどんなヘマをやらかしていたとしても、人命救助が先です。
「うわぁぁっ!」
次の瞬間、私は悲鳴をあげてしまいました。
くたばったはずのハゲが階段をよじ登って戻ってきたのです。
「ドシーーーっ!」
ハゲは先ほどよりももっと頭を赤くして怒っています。
こりゃ、ゴジラ対キングギドラ以上のバトルが繰り広げられるに違いないと思ったら、ハゲは横切り男から携帯をむしり取って、何事もなかったかのようにまた、また、電話の向こうの人に怒鳴り始めたではありませんか。
信じられません。
電話の向こうの人にとってはもっと信じられない事態が起こっていることでしょう。
そして、横切り男とハゲの人は何事もなかったかのように改札に向かっていきました。
話は相当、脱線してしまいましたが、中高年相手の膝カックンはとんでもないことになるので、絶対にやめましょう。
文責:編集長原田