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2019.05.25

180度を一周まわって令和の「夏の虫対策」には「昭和方式」が一番良いかもしれません

ずいぶん昔の話になりますが幼少の頃、私は虫が大好きで、ありとあらゆる虫を捕まえては家に持ち帰っておりました。

今思えばなかには完全に「害虫」と呼ばれる虫もいて、よく両親や妹を苦しめていたようです。

その証拠に我が家では1日に最低一回は家のどこかで誰かの悲鳴が上がっておりました。

あるときは居間の天井でナナフシが壁の色に擬態しようとして半分だけ色が白くなっていたり、またあるときは孵化したカマキリの子供たちが家中を走り回っていたりと、この時期の我が家では私以外の者は全員、毎日虫の恐怖に怯えていました。

一家を苦しめていたのは、私が連れてきた虫たちだけではありません。知らないうちに勝手に湧いてくる虫たちもいました。

典型的なのはゴキブリや蚊やハエ。また場所によっては変わった虫のお客さんもやってきました。

例えば玄関ならゲジゲジやダンゴムシやヤスデ、トイレなら通称・便所バッタと呼ばれるカマドウマなどです。

彼らが現れるたびにそこかしこで悲鳴が上がり、その度に私はその虫たちを捕まえて、涎を垂らすほど喜んでおりました。

そしていつしか私は家族の中で孤立していました。

頼んでもいないのに「私だけの部屋」も与えられました。

私はその部屋に害虫も含めてありとあらゆる虫を集め、この世の栄華を欲しいままにしていたのです。

そんなある日、私と虫たちにとって、最大のピンチが訪れました。

辛抱タマラなくなった父親がついに虫対策を始めたのです。

原因は私の飼っていたムカデが夜中に勝手に私の部屋を抜け出して父親の布団に潜り込み、こともあろうにキンタマを刺してしまったのです。深夜の2時に我が家は蜂の巣をつついたような大騒ぎです。救急車まで呼びつけてタイヘンな事態になりました。

そもそも、私の父親という人は北海道の出身で、生まれてこのかたカブトムシやクワガタは愚か、ゴキブリすら見たことがありませんでした。

つまり、虫が大の苦手だったのです。

さっそく父は小遣いのほとんどを叩いて害虫駆除一式を取り揃えました。

なかには都会にしか売っていない最新鋭の害虫駆除商品もお目見えしておりました。

それだけではありません。

今度は母親が庭で妙な植物を大量に育て始めたのです。

それは「食虫植物」でした。

食虫植物たちは日本の中でも南国に位置する私の田舎の気風に合ったのか、グロテスクなボディをどんどん成長させ、いつしか我が家の庭はアマゾンと見間違えるようなジャングルが完成していました。

家の中はさらに非道いことになりました。

ゴキブリホイホイが家中に敷き詰められ、ハエトリ紙が30センチ起きに廊下の天井から垂れ下がり、1メートル起きにフマキラーとキンチョーのスプレー缶が配備されたのです。ここまでくると草間彌生先生もビックリのアート害虫駆除ハウスです。

さらに諸悪の根源だった私の部屋の前には24時間、蚊取り線香が2つも焚かれていました。

そのため、部屋を出ると昼間でも視界1メートルという有様でした。

ついに私と虫たちは燻し出され、這う這うの体で逃げ出した虫たちも、ある者はゴキブリホイホイに絡め取られ、そしてある者はハエトリ紙に捕まり、そして庭に逃げ出した者は食虫植物の餌食になりました。

純朴な田舎の虫たちは都会からやってきた害虫グッズの前にあえなく絶滅寸前にまで追い詰められたのです。

それ以来、私は虫を連れてくるのをやめてしまいました。

理由は私の家が村でも有名な害虫駆除ハウスになったことで虫のお客様をお招きできるような環境ではなくなってしまったからです。

しかしながら、今思えば、当時の害虫駆除グッズは本当に凄まじい効果がありました。

なにしろ我が家の半径100メートル以内には害虫どころか野良猫もネズミも寄り付かないほどだったのです。

そして令和元年現在。

今年も昨年よりもさらに害虫はパワーアップしていると聞きます。

もちろん害虫駆除商品も進化していますが、そこはやはりコンプライアンスもあるのでしょう。人間に害がないように「やや甘め」に作られていることは容易に想像できます。

そう考えると、強くなった害虫には、やはり昔の害虫駆除商品や、庭いっぱいの食虫植物が最大の効果を発揮するのではないでしょうか。

今となっては滅多にお目にかかれなくなった昭和の害虫駆除商品ですが、効果は実体験した私が保証します。

もしかしたら、私がこんなに頭が悪いのも虫たちと一緒に害虫駆除の対象になったからかもしれません。

興味のある方はメーカーに問い合わせしてみてください。

文責:編集長原田