街角ニュース ほぼ毎日更新!街角のニュースをお届け

2019.03.24

【快活60超人図鑑】亀爺

昔、家の近所に亀爺(KAME JI)と言われていた爺様がいました。なぜ「言われていた」と申し上げたかというと、本名は別にあったからです。もちろん当時、幼かった私たちは亀爺の本名など知る由もありません。

後からわかったことですが、亀爺が亀爺と言われるようになった由縁はよく銭湯の女風呂を覗いていたからだということでした。つまり、亀爺の亀は「出歯亀」の亀だったということになります。

そういえば、亀爺は餓鬼の目から見ればずいぶん年寄りに見えましたが、今から考えるとまだ60歳くらいだったかもしれません。だとすると亀爺が好色だったことにも合点がいきます。

いずれにせよ、亀爺は我々のような餓鬼と遊ぶのが大好きでした。亀爺はよく近所の餓鬼を集めて昔話をしてくれたものです。

しかし、昔話といっても「昔々、おじいさんとおばあさんが」的なものではなく、本格的な日本史でした。しかも、その昔話は極めてわいせつな要素を含んだものだったのです。なぜなら、すべての歴史にセックスが絡んでおったのです。

例えば神社は村人にセックスを教えるために作られた場所だったとか、卑弥呼は100万人に一人の名器だったとか、奈良の大仏は子宝祈願のために作られた性のシンボルだったとか、とにかく亀爺の日本史は何から何までエロに絡んだものでした。

そんな亀爺の話を餓鬼どもはタマキンをデングリ返して涎を垂らしながら嬉々として聞き入っていたものです。おかげで近所の餓鬼どもの社会の点数は最悪でした。なかにはテストで「卑弥呼はどんな人物だったのか」という設問に「名器」と回答して先生に呼び出された者もおりました。

また、亀爺は餓鬼どもが興に乗ってくると「あれは嘘だった話」をよく繰り出しました。

例えば「聖徳太子はいなかった」「足利尊氏の肖像画は別人」「源平合戦は本当はなかった」など、当時の歴史学者が聞いたら腰を抜かすような新事実を未来ある少年たちに堂々と発表していたのです。

餓鬼たちも、それを信じて疑いませんでした。なぜなら亀爺の日本史は学校で教えられる授業より数百倍面白かった上に子供にも納得のいく内容だったからです。

時は遡って現代。歴史学研究に於いて、おぞましい事態が発生しました。

なんと、亀爺が「あれは嘘だった」と言っていた日本史がにわかに真実味を帯びてきたのです。

現代の進んだ科学で再調査した結果、聖徳太子はいなかったという疑いが出てきましたし、足利尊氏と言われていた肖像画はただの野良武士だったかもしれないとの報告がなされています。

おぞましいことに半世紀の時を超えて亀爺の歴史学が正しかったことが証明されようとしているのです。これには当時、亀爺から日本史を学んでいた門下生も全員、脱糞していることでしょう。

ならば、亀爺の「もうひとつの日本史」もただの戯言と一蹴するわけにはいきません。それは「セックスから考える日本史」です。ひょっとしたら頭の硬い歴史学者の日本史より、「人々がセックスをしたくて歴史が動いた」と提唱していた亀爺の日本史のほうが正しいのかもしれません。

私は今後、残された人生を「セックスから考える日本史研究」に捧げようと思います。誰かこれに共鳴してくれる歴史学者の方はいませんかね。

文責:編集長原田