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2018.04.06

【還暦放浪記】ホームレスの怒り編

犬でさえも歩けば棒にあたるのである。いくら今はホームレスになったとはいえ私は人間だ。行く当てもなく街をふらふらしていれば、いろいろなことにぶち当たるのも当然だろう。

先日こんなことがあった。コンビニで弁当を買い、それを食べようと五反田駅近くの公園に行ったら制服姿の高校生が3人、ベンチで談笑しながらタバコを吸っていた。これを見た瞬間、私は激怒した。

「こら、お前ら。何さらしとんねん」(怒る時、なぜか関西弁になってしまうのだ)

最初に断っておくが、私が怒ったのは何も未成年がタバコを吸っていたからではない。そんなことはどうでもいい。タバコなら私自身、中学2年生の時から吸っている。高校生の喫煙を叱れるような立派な大人ではないのである。

では、なぜ私は怒ったのか?

それは大人の目を少しも気にすることなく、堂々と吸っていたから。彼らの吸い方が気に入らなかったのだ。

物事には「分」というものがある。「分をわきまえる」という言葉を聞いたことがあるだろう。あの「分」だ。辞書を引いてみると「自分の地位や身の程をよく知り、出すぎたことをしないようにすること」と書いてある。

私が喫煙高校生に対していいたかったことは高校生としての分をわきまえろということである。つまり、自分のことは棚に上げていってしまうのだが、高校生がタバコを吸うのは許されないことだ。

だとしたら、タバコを吸うのは構わないが、それなら高校生らしく隠れてこそこそ吸ってほしいのだ。それでこそ高校生の分をわきまえたことになる。

こうやって考えてみると、世の中には分をわきまえていない人間が結構多いことに気がつく。

例えば、電車の中で堂々と化粧をしている女性も、私にいわせてもらえば女性としての分をわきまえていないし、すし屋のカウンターに座って「中トロください」などといっている小学生も、子供としての分をわきまえていない。子供は子供らしく、のり巻きかかっぱ巻きを食べていればいいのである。

分をわきまえるというのは、道徳と相通じるところがあるように思う。かつて町内には頑固ジジイがいて、子供がちょっとでも道徳から外れたことをしようものなら他人の子供であろうがなかろうが、激しく怒ったものだ。

それは子供だけではなく大人も同じで、町内のルール、例えばゴミ出しの約束事を破ったりすると、これまた顔を真っ赤にして怒るのが当たり前だった。

ところが最近、そんなジジイがいなくなってきた。そして、それに合わせるかのように分をわきまえない人間が増えてきたように感じるのは私だけだろうか?

言い換えれば、分をわきまえるのは日本人の美徳であり、ということは、それも減っていることになる。

そんなことを憂いながら、私は決めた。

これから先、私は周りの人間に煙たがられる口うるさい頑固ジジイになろう!

記事/快活60還暦記者:清水一利