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2017.12.30

【老いと動物】ペットと人の新しい関係

ひと昔前、犬は番犬として飼われていました。

彼ら(彼女ら)の多くは、庭先の犬小屋に暮らしていました。

小屋と言っても立派なものではありません。

彼らの住居のほとんどが、あるじが日曜大工で作った不細工なあばら家でした。立て付けが悪く、隙間風は入るは、雨漏りはするは、はたから見ても劣悪な住環境だったのです。

それでも番犬たちは、雨の日も、暑い夏の日も、真冬の雪降る夜も、主人を守るために、じっと不審者を監視し続けていたのです。

そんな忠実なしもべなのにも関わらず、食事も最悪でした。

家族が食い残した残飯を毎日、与えられていました。

唯一の楽しみは散歩

ご主人様を引き連れて、近所の悪ガキどもを吠え散らかしながら歩くのは、なんとも良い気分です。

しかし、気まぐれなご主人様は「相撲中継の時間だ」と途中で引き返すことも多々、ありました。

それでも番犬たちは文句ひとつ言わず、あるじに従っていました。

そこには、圧倒的な「主従関係」があったのです。

そして現代。

犬と人間の関係は大きく様変わりしました。

犬は番犬ではなく、「家族」になったのです。

多くの犬が家族と同じ室内で暮らしています。

食事も犬専用のグルメが存在します。

寝床も板や土ではなく、腹の下にはふかふかなラグマットが敷かれています。

なかには主人と一緒の布団で寝るムキもいるほどです。

いまや、犬は肉親同様。子供や孫と同じなのです。

ひょっとしたら、実の息子や娘より大切な存在かもしれません。

少なくとも、古女房より大切なことは間違いないでしょう。

その証拠に女房には「このバカアマっ」という外道でさえ、飼い犬に「この犬畜生がっ」という人は一人もいません。

犬の散歩をしている人に、

「ほほぅ、いい番犬ですな」

などというと、100%怪訝そうな顔をされます。

犬という言葉も「死語」なのかもしれません。

いまは「ワンちゃん」と言わなければ無礼に当たることも増えてきました。

先ほどの例で言えば、

「ほほぅ、立派なワンちゃんですな」

というのが、正しい言い方です。

おそらく、これほどまでにワンちゃんが大事にされているのは徳川綱吉の時代以来ではないでしょうか。

ワンちゃんに限らず、今の時代、ペットは家族であり友達であり心の支えでもあります。

ずっと一緒にいられれば、それほど幸せなことはないのですが、悲しいかな、寿命の問題で、ペットのほうが飼い主より先に亡くなってしまいます

こればかりはどうにもなりません。

ペットたちの暮し向きは、ひと昔前に比べれば格段に良くなり、その分寿命も随分伸びましたが、生き物である以上、死は必ず訪れます。

昔と変わらないものもあります。

それは、ペットたちの忠誠心です。

死に際に至ってもなお、ペットたちは飼い主に寄り添い、愛情を与え、忠誠を尽くそうとします。

そんな健気なペットたちに飼い主である人間は、愛情を持って、答える義務があります。

そんな世相もあり、ペットと人間の「終生共生・共存」をテーマにした団体ができ、イベントも開催されるようになりました。

その代表的なイベントが11月25日、26日の2日間で開催された『南大沢マルシェ×スポーツ&たまペット』です。

およそ2万2千人が来場した野外会場では、20店舗の以上のドッグカフェが軒を連ね、ドッグランやドッグショーなど、飼い主とペットが共に楽しめる催しの他、ペットの体脂肪チェックやドッグヨガなど、ペット健康管理にも気遣うコーナーも多数、見受けられました。

なかでも特筆すべきは、日本初となる「ペット終活ブース」が設営されていたこと。

年老いたペットとの暮らし方や、付き合い方など、今の世相を反映した相談窓口は、今後、さらに需要が高まっていくことでしょう。

今、目の前にいるペットが死を迎えることなんて考えたくもありません。

でも、いつか必ずその日はやってきます。

「考えるだけで悲しいから」と目を背けることなく、死と正面から向き合ってあげることも、ペットの幸せに繋がります。

今後も、このようなイベントがどんどん行われていくことが期待されます。

文責/快活60編集長原田