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2017.12.28

【年末特集】知れば入浴が楽しくなる「銭湯の絵」の秘密

銭湯で忘れてはいけないのが浴室の壁面に描かれた富士山のペンキ絵だ。ゆっくりとお湯に浸かりながら雄大な富士山を見ていると、日頃の疲れもストレスもどこかに吹き飛んでしまうことだろう。

ペンキ絵は大正元年、現在の千代田区神田猿楽町にあった「キカイ湯」の主人が子供たちを喜ばせようと画家の川越広四郎氏に依頼して絵を描かかせたのがその始まりだといわれている。

川越氏は静岡県掛川市の出身で富士山が大好きだったことから絵柄に富士山を選んだところ、それが好評だったため、全国に広まったそうだ。

ちなみに、現在キカイ湯の跡地には「ペンキ絵発祥の地」の記念碑が建っている。

ペンキ絵は営業時間外の短時間に現場で仕上げなくてはならない。

1面を2~3時間で完成させるために下描きなどはせず、古い絵の上に次の新しい絵を直接描いていく。ペンキは特別なものではなく、ごく普通のペンキを使う。

ペンキ絵の題材は富士山が一般的だが、もちろんそれ以外のものを描いてもいい。ただし、使ってはいけない絵柄・題材もある。それは「紅葉」「夕陽」「サル」などで紅葉は「散る」、夕陽は「落ちる」、そしてサルは「(客が)去る」に通じるためで、何よりも縁起を大切にしている銭湯らしい考え方だ。

昭和時代、銭湯のペンキ絵は絵の下にさまざまな広告を掲載することで広告媒体として機能していた。そのため当時の銭湯は銭湯の組合から広告料を受け取る代わりに、ペンキ絵を年に1度描き替えていたが、銭湯の数が激減してしまった現在ではこのシステムもなくなり、現在、描き替えは各銭湯が自費で絵師に依頼しているのだとか。

ペンキ絵を描く専門の職人が「銭湯絵師」だ。

かつては都内だけでも何十人もいた銭湯絵師も今やその数は全国で3人だけ。70代の中島盛夫さん、80代の丸山清人さんという名人とともに頑張っているのが日本で唯一の女性銭湯絵師、今年34歳の田中みずきさん

大学で近代美術史を学んでいた田中さんは、ある時出会った銭湯のペンキ絵に魅せられ、21歳の時、中島さんに弟子入り。8年の修業の後2013年に独立したのだそうだ。

今や3人しかいない銭湯絵師。しかも2人は80代、70代とご高齢だ。田中さんにかかる期待はことのほか大きい。そして、新たなる後継者が1人でも増えることを願うばかりだ。

最後に、都内の銭湯に今も残る富士山をご紹介しておこう。いずれも必見だ。

千代の湯(中野)1951年創業。男湯に描かれた富士山は西伊豆の雲見から眺めたもので、2011年に丸山さんが描いた。テレビや映画のロケにもしばしば登場している。

帝国湯(日暮里)1916年創業。男湯と女湯にまたがる壮大な富士山の絵は2009年に他界した早川利光さんの作品。ダイナミックな波しぶきが特徴だ。

なみのゆ(高円寺)浴室の壁面いっぱいに広がるイラスト風の富士山は2011年、丸山さん、中島さん、田中さん(当時は見習い)の3人による合作。

ふくの湯(千駄木)薬湯と人工ラドン温泉の2つの浴場があり、薬湯には丸山さんによる鮮やかな富士山が、人工ラドン温泉には中島さんの手になる赤富士が描かれている。

取材:快活60還暦記者/清水一利