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2017.12.25

【年末特集】復活を望む声多数! 銭湯は昔、混浴だった!?

庶民に風呂が普及したのは江戸時代のこと。最初の銭湯は徳川家康が江戸に入った翌年の1591(天正19)年、伊勢与市という人物が、現在の中央区常盤橋付近にあった銭瓶橋(ぜにがめばし)のほとりに建てたという記録が残っている。

ただし、それは蒸し風呂で、現在のように湯に首までつかる風呂が登場したのは慶長年間(1596~1615年)の末頃といわれている。

江戸の銭湯は「入り込み湯」と呼ばれ、男女混浴が当たり前だった。浴室の中はうす暗かったので、それをいいことにおそらく風紀を乱す輩も多かったのだろうか。何度も混浴禁止令が出たものの、実際は守られることはなく、天保の改革(1841~1843年)に至って取り締まりがかなり厳しくなり、その結果、浴槽の中央に仕切りを設ける現在の銭湯の原型ができた。

他にも男女の入浴日時を分けたり、あるいは男湯だけ、女湯だけという銭湯も登場したという。

その後、時代が明治になっても長年の混浴風習はそう簡単にはなくならず、銭湯の混浴が完全になくなったのは明治も中頃になった時だった。

ところで、今、男の子は何歳まで女湯に入ることを許されているのかといえば、法律的にその年齢に決まりはなく、都道府県ごとで決められた公衆浴場条例によって「混浴してはいけない年齢」がそれぞれ独自に定められているのだそうだ。

例えば京都府では、その年齢は7歳以上までとされ、つまり、小学生に上がったら京都の男の子はもう女湯には入れない。

また、東京都では10歳以上とされ、京都では女湯に入ってはいけない8歳の子でも東京都内なら堂々と女湯に入れる。

さらに北海道ともなると、京都よりも5歳も年齢が上の12歳と規定されている。

しかし、この時期の5歳の差はかなり大きい。発育のいい近頃の12歳ともなれば、おそらく大半の子はちんちんに毛が生えているに違いない。それなのになぜ、そんな子が女湯に入れるのかいささか不思議な気がする。

各都道府県でも、混浴を認めない年齢は体の発育や自分1人で入浴できるかどうかを基準にしているようだが、明確な基準はなく何とも曖昧だ。

さらに驚いたことには、以前は家族であっても混浴が認められず、例えば兵庫県では、2008年になってやっと条例が改正され、家族風呂を利用する場合、「夫婦」や「親とその10歳未満の子供」、「介助を必要とする者のための家族」に限って混浴の禁止を解除するとしているが、これにも何となく違和感がある。いつの時代もお上のやること、考えることには首を傾げざるを得ないことが多いのだ。

取材:快活60還暦記者/清水一利