佐々木正洋のいまさら聞けない一般常識 ベテランアナがやさしく解説

2020.03.09

第86回「いま時のノーベル賞候補者」

先日、パーティでお会いした東京オリンピック・パラリンピック担当橋本聖子大臣が「えーっ、そんな」というようなことを挨拶で話していらっしゃいました。

それはスピードスケートの話ではなく、自転車の話でした。ヨーロッパに遠征していた時に、自分一人で自転車で各国を回ることが多かったという話です。

たった一人で転戦する、ということをさもあたり前のように話してらっしゃいましたが、当然そこには不便なことも、くじけそうになったこともきっとあった筈です。

ちなみにそのパーティはテレビ朝日で僕と同期の、スポーツ番組プロデューサー兼キャスターとして活躍した宮嶋泰子アナウンサーの「感謝の集い」でしたが、自分の苦労話は一切せず「一人でヨーロッパを転戦している時に宮嶋さんに下着まで持ってきてもらって助けられた」という話を明るく語っていたんです。

確かに橋本聖子さんといえば、スピードスケートで1984年のサラエボ冬季オリンピックから始まり、カルガリー冬季、自転車競技でソウル夏季、そしてまたアルベールビル冬季、バルセロナ夏季、リレハンメル冬季、アトランタ夏季と冬季4回、夏季3回の日本一オリンピックに出場しているアスリート界の超エリートです。

しかしその反面、マルゼン橋本牧場を経営しサラブレットの顕彰馬であるマルゼンスキーのオーナーでもあるお父さんに育てられたという経歴もありますので、そんな超お嬢様が単身、自転車でヨーロッパ中を走り回っていたこと自体が驚きです。

しかも、こんな輝かしい自分史を持っている方は、上から目線になっても合点がいくのに、まったくそれが無いんですね。

そのエビデンスですか?

それはそのパーティ会場で橋本さんから僕に声をかけてくれたことに起因します。

彼女、私の目の前にくるやいなや「テレビで見てました」って言ってくれたんですね。

うれしかったというか、それこそ驚いてキョトンとしてしまいました。僕なんかを取り込んだところで何の意味もないのに、得がありそうな人がわんさかいらっしゃっるのにと思ったからです。

話し方もちっとも偉ぶらない、さっぱりした口調でとても爽やかでした。

「見てました、ではないんです、「見てました」です。

生意気な言い方になってしまいますが、まるで僕のファンのような口調でそう言われたんですね。僕は一発で橋本さんのファンになってしまいました。あの人間性に触れたら僕のように単純な人間でなくても、みんなやられちゃいますね、ホント。功成り名を遂げてなお、ご自分の名前にあぐらをかいていない、確かに一流人であり、本物と呼ぶにふさわしい人でした。初対面で大臣にそんなに気さくに言われたのは初めての事でした。

実は、それと同じことが、このスーパーエリート研究者との出会いでもあったんです。

その人は慶応義塾大学医学部・眼科学教室の医学博士である堅田侑作さん(35歳)です。

東京芝ロータリークラブには時々とんでもない人が卓話に訪れるんですが、堅田さんもそのおひとりです。失明した人の視力を回復させる研究をしてらっしゃり、その世界では若くして名前も知られているんです。卓話でもすごく興味深く真摯に研究内容を語る姿には共感できましたが、挨拶にいった僕にそれこそ威張る訳でもすまして対応するわけでもない、屈託のない笑顔で「佐々木さん、知っています、喋りを教えてください」とおっしゃるんですね。

突然のスーパーエリートの研究者にそう言われて面喰ってしまいました。なんで喋りもなかなか達者なこれほどの方がそんなことを口にするんだろう、と不思議に思いました。お互い好感を持ったと勝手に僕は思っているんですが、堅田さんとは今でもメールでやり取りしています。

僕の話術のアプリ(フォレスタ出版 無料アプリYouTube「トップアナウンサーの共通点」、ほか3つの有料アプリ)はすべて見ました、と書いてありました。それも恥ずかしながら正直僕を喜ばせてくれたのは確かですが、とにかく無性に彼の研究室を覗いてみたくなりました。日本医学界を二分する東大派閥と慶應派閥、そんな所、これまで見たこともありませんでしたから。

実際に堅田さんがいなければ到底入れないような研究室も見せてもらいました。途中、「ここからが白い巨塔です」などと冗談を交えながら。

そして驚くべき事実と遭遇したのです。実は彼は″社長“でもあったのです。財務担当のパートナーという宮崎輝さんという方もご紹介頂きました。最初は、何で、とピンとこなかったんですが、ここで「喋りを教えてください」に繋がるんですね。

種明かしすると、現代の研究者は国際的な学会、つまり研究発表の場で、大いなるプレゼンをしなくてはならないんですね。特に最近はその傾向が強いそうです。ですから、ひと昔前のように研究者は黙々と研究に没頭していればそれでいい、という時代ではないんです。

その一方で、ちゃんとした研究設備が整っている慶應医学部というブランドの研究室で研究を続けるには多額の費用がかかるんです。優秀な研究者にはベンチャー企業が付いてくれ、何億もの研究費用を先行投資してくれるという仕組みなんですね。その為にもアピール力は必須なんです。いわば日本の財産であり宝である彼らを大事に育てていく義務が僕らにはあるんですが、それが上手くいかないと結局その頭脳は海外流出という悲しい現実になるんですね。

でも、この堅田さんにも僕は橋本大臣と同じ空気感を感じました。堅田さんは日本に大切にされるだろうなって。「最速あと20年間でノーベル賞をとりたいですね」とごく自然体でさらりと嫌味なく言われた堅田さんの言葉にきっとそうなるだろうな、と僕が自信を持ってしまいました。20年後、読者の皆さんとなんとか、日本在住の堅田さんがノーベル賞を受賞するシーンを見届けたいですね。

    佐々木 正洋
    佐々木 正洋
    1977年アナウンサーとしてテレビ朝日入社。16年間担当「夕刊キャッチアップ」の最高視聴率16%は今だ破られず。また、2002年出版の「ちょっとしたコツで誰でも『上手な話し方』が身につく」は、当時現役局アナとして近年初1万部を突破。猪木の闘魂ビンタの元祖。2012年独立。テレビ、ラジオで活躍の他、各種イベントの司会や講演を行い、「雑誌ネット」で記事批評を載せ、駒沢女子大学で講師を務める。インターネット、新聞などで世相を斬る、コラムニストでもある。北九州市観光大使