佐々木正洋のいまさら聞けない一般常識 ベテランアナがやさしく解説

2020.02.25

第84回「優しいじょうろ」

jorro、これはポルトガル語なんだそうです、じょうろって。外来語だったんですねぇ。17世紀にはすでにヨーロッパにはあったというから驚きですね。今日はこのじょうろのお話なんです。なんだつまんねえのって思わずにもう少しだけ読み進めてもらえますか。これが今の世の中を象徴しているんです、たかがじょうろが。
このコラムで義父が去年他界したことは話しました。95歳でした。ですから大往生です。そのお義父さんが特に趣味として大好きだったのが庭の手入れでした。なんともこのご時世に贅沢な話で、その昔はサボテンの温室栽培でその類の趣味の本に載ったくらいでした。冬到来のシーズンになると椰子の木などの植物を大きな植木鉢ごとひとりで玄関に運び入れていました。10キロ以上はあろうかという植木鉢をどうやって玄関に運び入れていたのかまさに七不思議でしたが、どうやらキャスター付きの平台に乗せて移動させていたようです。
それでも90歳になる身にはそれが堪えたのでしょう。92歳になるときでしたか、腰をやられて一度は奇跡の快復を見せて皆を喜ばせたのですが、やはりそれが元で徐々に体が弱っていったように思えます。まあ、自分の好きなことが遠因で亡くなったわけで、しかも95年の人生を謳歌したわけですから、幸せな人だったと思います。
それほど庭の手入れ、特にイギリス庭園の雰囲気が好きでバラの花や白いテーブル、椅子などを形よく配置していました。それも残念ながら義父が他界したのですから、整理しなくては、もう世話をする人がいませんから。
そうして何百鉢という植木鉢なども整理していた時でした。ふと、じょうろが目に留まりました。プラスティックで出来てはいますが、ちょいとアンティークな雰囲気をもったスマートなじょうろでした。泥をかぶって汚れてはいるけれど洗えば復活するかもしれないと、我が家に持ち帰りました。こちとらマンションのベランダでハイビスカスやオリヅルランに水遣りをするくらいの話で、義父に比べたらままごとにもならないようなことですが、このわずかなスペース、時間でも心が和むものです。でもじょうろが悪いと台無しです。こちとら、猫の額どころか、猫の額にあそぶノミのようなベランダでの水やりですから「じょうろ命」ですね。
最初はこれもせこい話ですが、百均で買ってきたゾウさんのお鼻に見立てたじょうろだったんですが、水が噴水のようにならないんですね。シャワーのように出てくるはずの水が、なぜかぼたぼたとしか水が落ちてこないんです。水が植木鉢に溜まればいいというものじゃないですからね。別に目詰まりしている訳でもなく。雰囲気ぶち壊しですね。
それでは、と義父のところから持ち帰ったじょうろでやろうとしたんですが、これはこれでずっと庭の片隅に放っておかれたものだから、完全に目詰まり。使いもにならず、これじゃしょうがないとそのじょうろを捨てようとしたんですね。するとどうでしょう。シャワーの首の部分がスポッと抜けちゃったんですね。ありゃあ、壊れちゃったと思ったら、次から次にいろんなところが上手く抜けるんですね。使い勝手の良いのなんの、こりゃひょっとしたら首だけ売っていたら換えられるのかいな、とダメもとで近くのくろがねやへ駆け込みました。「
ありましたッ!」
じょうろの首だけでも売っていたんですね。文字通り首のすげ替えが出来るんです。

ただし、そのシャワーの首だけで230円、まぁ、人の弱みに付け込んで、とは思いましたが、それでも背に腹、ですから首だけ買っちゃったんですね。それにも理由があって、店員さんにこれと同じかなあ、と差し出したじょうろ首を見て、同じような大きさのものが袋に入っていたんですが、さっさとビニール袋を破って僕の持ってきた首と大きさを比べていたんですね。ちょっとそのパフォーマンスに感激しちゃって、なんで僕が慌てなきゃいけないのか自分でもよくわかりませんでしたが「買います、買います」と破れたビニールごとじょうろの首を持ってレジに並び、購入しました。帰宅して直ぐにじょうろにはめてみました。ピッタリというわけにはいきませんでしたが、少しきついくらいで水漏れなし。そして水を入れてじょうろを傾けるとなんときれいなきめ細かいシャワーであることか!均等に20くらいの穴から植木鉢に注がれました。自分にシャワーが降り注いでいるように気持ちが良かったですねぇ。

その古びたじょうろが当時いくらしたかわかりませんが、100円ではムリだったでしょう。なにせ首の部分だけで230円ですから。それでも安物買いの銭失いじゃありませんが、結局一度も気持ちよく水遣りが出来なかった百均のじょうろより、はるかに質も高く、値段も高いであろうこのじょうろの方が圧倒的に心和むんですね。それが好きな人の気持ちを考えてのモノづくり、昭和、平成、令和と文明、科学は人類史上、頂点を極めようとしていますが、人の心は大切にされなくなっていっているような、わずかに残っている小さな良質を見つけるにつけ、寂しくなっちゃいました。
大切にしないと人の心もモノも直ぐにボロボロになりますよね。

    佐々木 正洋
    佐々木 正洋
    1977年アナウンサーとしてテレビ朝日入社。16年間担当「夕刊キャッチアップ」の最高視聴率16%は今だ破られず。また、2002年出版の「ちょっとしたコツで誰でも『上手な話し方』が身につく」は、当時現役局アナとして近年初1万部を突破。猪木の闘魂ビンタの元祖。2012年独立。テレビ、ラジオで活躍の他、各種イベントの司会や講演を行い、「雑誌ネット」で記事批評を載せ、駒沢女子大学で講師を務める。インターネット、新聞などで世相を斬る、コラムニストでもある。北九州市観光大使