佐々木正洋のいまさら聞けない一般常識 ベテランアナがやさしく解説

2020.01.27

第80回「水前寺さんちの餅つき」

来年のことを言うと鬼が笑うというけれど、去年のことを言うと誰か笑うでしょうかね?「新春早々去年の事!?」って訝(いぶか)る人はいるかもしれないけれど特に笑う人はいないでしょうから、書いちゃいますね。

毎年暮れも押し迫った12月28日、水前寺さん“が”お世話になった人を招いて(という建前ですが招かれた客人は皆「今年も水前寺さん“に”お世話になりました」という気持ちでお邪魔して)餅つき、お祓い、来年への祈祷など神主さんを呼んで水前寺邸でやってくれています。芸能関係の方々が、ざっと90人近くはいらっしゃるでしょうか。仰々しいパーティ形式ではなく長テーブルに座布団が敷いてあって夕方3時過ぎから出入り自由で、庭では威勢のいい掛け声とともに餅つきが催されます。

搗(つ)いた餅はお見えになった方のお土産として持ち帰って頂いています。これがまた美味しいお餅で大好評なんですね。しかも水前寺さんと一緒に搗いた餅だと思うと一層、縁起良くありがたい、という気モチになるんです。去年は、僕が帰る頃には大人気なお餅なもんだから、すでにスッカラカン。妻に「今年も水前寺さんのところからお餅を頂いてきてね」と言われていただけに手ぶらで帰る訳にはいきません。

困ったなと思っていると台所に立っていた数人の水前寺さんの何十年に渡るボランティア親衛隊のおばちゃんたちが「これ持って帰りなさい」とすでにお皿に盛っていたきな粉餅とあんころ餅をもたせてくれたんです。その上、市販の角餅を何個か持たせてくれました。市販の角餅には苦笑しましたが、有難く頂戴しました。

お陰でなんとか面目がたち妻に「ハイ、水前寺さんちのおもち」と胸を張って渡せました。いや、それを自慢するために書いているのではなくて、読者の皆さんはもうお気づきだと思いますが、こんな世知辛い世の中で、去年には旭日小綬章の叙勲まで賜り、半世紀以上スターの座にいるのにも関わらず、これほどざっくばらんに義理堅く長年関係者とお付き合いしている芸能人というのは、ほんの一握りの方だけだという話です。

いらっしゃっている方々も全員、自然に顔がほころぶんです。中には、そういうことって「スターだからできるんでしょ」という人達も沢山いますが、スターでもそういう会を何十年も個人でやっている人はほとんどいません。やらない人が悪い訳でも何でもなく水前寺さんが特別なんですね。水前寺さんって、あの水前寺さんの歌のイメージ通りの方なんです。だからこういうことが続けられるんです。

ここで水前寺さんのエピソードをひとつ、ご紹介しましょう。

1997年6月WBA世界ヘビー級タイトルマッチがラスベガスで行われました。かのマイクタイソンの雪辱戦でした。チャンピオンはホリフィールドです。しかしチャンピオンはクリンチばかり繰り返し正面から戦おうとしません。業を煮やしたタイソンはこともあろうにホリフィールドの耳を噛みちぎったんですね。それが大きく新聞に載っていたので当時、私が担当していた『ワイドスクランブル』のワンコーナー「夕刊キャッチアップ」でも取り上げました。

どの新聞もタイソンの蛮行を責めているだけでした。そしたら水前寺さん、なんて言ったと思います?

「ルール違反は絶対ダメだけど、チャンピオンなら堂々とタイソンと戦えよ!と言いたいですね」

僕は慌てて笑いながら「水前寺さん、今の言葉で視聴者1億人、敵に回したかもしれませんね」とバランスをとったというか、悪い言葉で言うと局アナとしてお茶を濁したんですね。でも内心「そうだ、そうだ」と思っていたんです。一本気で筋の通らないことは大嫌い。僕なんかが言うのは僭越ですが、勘が良くて茶目っ気があって人を見抜く力も十分。それが水前寺さんなんです。

今は、そんなに大ごとではなくても、ちょっと枠からはみ出した発言をしただけで、すぐにバッシングに逢う世の中ですから、この水前寺さんの言葉も問題になっちゃうのかもしれません。

でも、そんな水前寺さんだからいつまでもいつまでもみんな心底慕って水前寺さんの餅つきにやってくるんですね。石井ふく子さん、参議院議長の山東昭子さん、古いジャイアンツファンなら誰でも知っている元ジャイアンツV9時代を築いた立役者の一人、黒江透修(ゆきのぶ)さん、歌手の大江裕さんももクロのメンバーおふたり、「帰ってこいよ」で一世を風靡した松村和子さんなど、錚々たる人たちがみんな気取らずに普段の顔でやってくるんですね。女性に年齢のことを言って失礼ですが、石井さんは今年94歳、水前寺さんは75歳、おふたりのトークショーが今年2020年3月1日三越劇場で開かれます。凄いですね、お若いですね、ご同輩、負けちゃいられませんね!

 

    佐々木 正洋
    佐々木 正洋
    1977年アナウンサーとしてテレビ朝日入社。16年間担当「夕刊キャッチアップ」の最高視聴率16%は今だ破られず。また、2002年出版の「ちょっとしたコツで誰でも『上手な話し方』が身につく」は、当時現役局アナとして近年初1万部を突破。猪木の闘魂ビンタの元祖。2012年独立。テレビ、ラジオで活躍の他、各種イベントの司会や講演を行い、「雑誌ネット」で記事批評を載せ、駒沢女子大学で講師を務める。インターネット、新聞などで世相を斬る、コラムニストでもある。北九州市観光大使