佐々木正洋のいまさら聞けない一般常識 ベテランアナがやさしく解説

2019.11.08

第70回「激甚自然災害に思う人災のこと」

“多摩川が氾濫危険水位に達しました”『そんなバカな、オーバーだなー』、携帯にやや緩やかなチャイムが鳴って、国土交通省からの注意喚起のメッセージが届きました。

台風19号の襲来と共に、何度となく避難勧告のメッセージが届いていました。

命に重大な危険が及ぶ恐れがあると、再三放送で言っていたのと、台風15号のニュースがまだ生々しく脳裏に焼き付いている中での、台風19号でしたから、我が家でも一応、バスタブや、やかん、ボールなどに水を張り、非常時の食べ物も近くのスーパーで手に入れました。

そのスーパーではキャベツやもやしなどの野菜や果物はすっからかん、納豆なども残すところあとわずかといったありさまで、レジの各列が人で溢れ、どの列もレジからスーパーの一番奥まで行列が出来ていました。少し殺気立ってもいました。

あれは台風への恐怖というよりは、なんだか得体のしれないものに怯える群集心理が伝染している感じでした。

台風がやってくる日、僕はスーパーの雰囲気が一番怖かった記憶が蘇ります。買い物を済ませ、自分の住むマンションの6階にたどり着いたときにホッとしたのを覚えています。その後は、地震の警戒を知らせるサイレンにも似た警報とは違う、少し余裕を感じさせるその音質も手伝って、緊張感もさほどなく、数時間で強風も止み気象庁で言っているほどではなかったんだな、と早合点して翌日を迎えました。

一夜明けて、その被害の大きさにおののきました。

10月23日の時点で死者は80人を超えています。全国の一級河川のあちこちで手が付けられないほどの氾濫が起こっていました。亡くなったのはお年を召した方だけではありませんでした。家族が濁流にのまれ、亡くなった方もいらっしゃいました。命からがら逃げる途中で、流される車上からの「助けてぇ」と絶叫の声が聞こえ、耳にこびりついているという方もいらっしゃいました。いたるところで、地獄絵図、だったのです。時間が経つにつれて、テレビではおもむろに、専門家が、氾濫した箇所の川の堤防がいかに脆弱だったか、マンホールのふたが開いて噴水のように水があふれ出る現象はなぜ起こるのか、丁寧に説明していました。ハザードマップを何度も見て欲しい、とも言っていました。

そういう具体的なことは、台風の前にも言っていたのでしょうが、それほど記憶に残っていませんでした。

いつも後から、です。

「氾濫の危険はわかっていても、そこをメンテナンスする予算が組めない」

「まさか、と思っていた」

「想定外でした」

この国は、人の命より、予算、市民の危険より、雑務(本当は一番大事な役所の仕事)の手間を省くことの方が大事なようです。千曲川の危険度は国が長野市にきちんと伝えていたと言います。そうなると残るのは、醜い責任のなすりつけ合いだけです。

そして「避難してください」と何万人もの人に軽々しく伝えていますが、本当にみんなが避難したら避難所はどうなるのでしょうか。僕の住んでいる多摩川近くの小学校にも1000人近い人が避難していたそうです。避難誘導員はみな親切だったとそこに行った人が言ってましたが、ちょっと何かあると一気にパニックになる恐れがあります。

僕は局アナの時分、1993年平成5年7月12日に発生した、北海道南西沖地震、マグニチュード7.8の地震で、奥尻島に取材にいった時のことを思い出します。あの時、避難所に当てられた体育館も悲惨でした。トイレも使い物にならない状況でした。あとで簡易トイレが作られるのですが、それまで島民の人達はどうしていたのでしょうか。そして役所の人が「皆さん、お寿司が届きましたよ」と声をあげました。それなのに配られたお寿司を口にしたおじいさんが「食べれん…」と言ったのです。「えっ、どうして?」と僕はその声の主に訊きました。すると「凍っていて食べれん」ということだったのです。冷凍のお寿司を解凍することなくただ、配ればいいだろうという、役所仕事の傲慢さ、ほとほと呆れました。

昔も今も変わらないんですね。これは紛れもなくある意味、二次災害、人災です。そして、もっと俯瞰で見ても、地球上の全人類に責任が、特に先進国と言われる国民に責任があるんですね。

そうです、地球温暖化の問題です。

詳しいことはわかりませんが、太平洋の海温が低くならずに、台風が勢いを増す。それが風速60メートルの烈風を呼ぶんですね。強烈な雨と風、被害がないという方が不思議です。自分さえ良ければ、そのくせ寂しがりや、という矛盾した考えをもつ人間が地球に生息し続けたいのであれば、そろそろ真剣に全世界で対策に取り組まなければ、本当に滅んでしまう人類、と思うばかりです。

そろそろ、と言ってももう最後のチャンスの時だろうな、と思うのですが。そんな危急存亡の時でも人は戦争を止めない、どこまでいっても人間は愚かな生き物なのかもしれない、ですね。

卑近な例でも同じことで、「この先〇キロで渋滞」と表示されていてもそこにぶつかるまで、現実として目の当たりにするまで信じない、人達がやたら多いですからね。自分も多摩川氾濫の危険を信じなかったのですから、同じ穴のムジナ、ですね、イカンイカン。

    佐々木 正洋
    佐々木 正洋
    1977年アナウンサーとしてテレビ朝日入社。16年間担当「夕刊キャッチアップ」の最高視聴率16%は今だ破られず。また、2002年出版の「ちょっとしたコツで誰でも『上手な話し方』が身につく」は、当時現役局アナとして近年初1万部を突破。猪木の闘魂ビンタの元祖。2012年独立。テレビ、ラジオで活躍の他、各種イベントの司会や講演を行い、「雑誌ネット」で記事批評を載せ、駒沢女子大学で講師を務める。インターネット、新聞などで世相を斬る、コラムニストでもある。北九州市観光大使