佐々木正洋のいまさら聞けない一般常識 ベテランアナがやさしく解説

2019.08.26

第62回「怖くない怪談話」

目がキレイな人だなあ、とあらためて思いました。

どこの女性かって?

いやいや、男性です。それも前立腺がんを克服した古希を迎えた男性、稲川淳二さんです。

その昔『アフタヌーンショー』に出演していらっしゃり、当時から今現在の口調でした。

あの頃は、まるでスタントマンのようなことをやらされていて、例えばサーカスの取材に行って、空中ブランコに実際に乗っちゃうなんてこともやっていましたね。

当然、訓練もしていないから前方から来た空中ブランコに乗り移るなんて芸当はできないわけで、稲川さん、悲鳴と共に、真っ逆さまに落ちちゃうんですね。下にセーフテーネットを敷いているから大丈夫なんて言われても、本人は恐怖の極致。カメラが稲川さんをとらえると、そこには半ベソかいた稲川さんが長~い鼻汁を垂らしておびえているなんてことがしょっちゅうでした。

今はさすがにそういう撮影はご法度ですが、今からざっと40年前のその時代は、お笑い芸人さんは無茶苦茶やらされていました。茶の間が笑えばそれでいいってなもんで、そりゃもう、乱暴な考えでしたね。同じ番組に出ていて、稲川さんが可愛そうになりました。視聴者公開番組で、スタジオにいるお客さんと一緒になってゲラゲラ笑っているディレクターやプロデューサーに少し腹が立ったこともありました。

それでも本人はというと味わった悲壮感を自慢げにスタジオで話しているんですね。心境を聞いたことはなかったですが、腹くくってというか、体張ってやっていたんでしょうね。

そう言えば、その頃、スタジオに一体の女の子の人形をもってきて怖い話をしたこともありました。大きさも4,50センチありましたから、結構リアルでした。

「そこに、あるはずのない人形が濡れて置かれていた、今スタジオに来ています!」って稲川さんが叫んでスタジオに現れた人形を見てゾッと鳥肌がたったのを覚えています。

その後「生き人形」というタイトルがついて一気に火が付きました。この話を聴いた人は不幸がやってくるという触れ込みでしたが、どういうわけか稲川さんの出世作になっています。あれって、今、全国公演で大人気の怪談話のはしりでしたね。稲川さんの話術はバツグンで、怪談話にぴったり、その頃から実に巧みな話術でした。

そんな稲川さんはその後、不運ならぬ「風雲たけし城」や、なんとNHK大河ドラマ「信長 KING OF ZIPANGU」に準主役の伝道師役でも出演。俳優からコメディアンまでの幅広い芸域をもつ稲川ワールドを築き上げていきました。

そしてまた“堅気”の世界では“車どめ”のデザインで通産省認定のグッドデザイン賞を平成8年に受賞しているんですね。そう言えばご自分が設計したボートが真っ二つに割れた話を楽しそうにしていたこともありました。どこかに失敗を自慢する番組がありますが稲川さんは間違いなくチャンピオンですね。それで偉ぶったところのない人徳ある人ですから、伝道師の役もリアリティがあります。

今回、稲川さんに逢ったのは何年ぶりだったでしょうか? 上梓した「怖いほど人の心をつかむ話し方」という本を贈呈くださり急に稲川さんのご尊顔を拝したくなった次第です。イヤな目に遭ったり辛いことがあると会いたくなる方です。そして2019年8月10日東京は中野、なかのゼロ大ホールに伺いました。

彼らは会場のことを“怪場”と言っているんですね。それだけでも面白いなと思いましたが、稲川さんの話術は変わらず健在でした。大きな古民家といった風情のセットに稲川さんが登場しただけで1200人近いほぼ満員のお客さんから割れんばかりの拍手が巻き起こります。常連のお客さんもかなりの割合でいるようで、みんな稲川教の信者のようでした。話は4つ、5つありましたが、どれにも稲川節が光っていました。

とりわけ印象に残った話が、「特攻隊に恋した少女」の話でした。喜界島は奄美大島の北東に位置する、鹿児島市から380キロの南洋に浮かぶ美しい島です。そこで起こった日本で一番美しい、一番残酷な話でした。少女が20歳にも満たない若き特攻隊員を見送る、特攻隊員から白い絹のスカーフが送られ、涙ながらに感極まった少女は彼に「待ってます!」と声をあげた、彼は笑みを浮かべながら「帰れないんだよ」と呟いて少女に敬礼して飛び立ったんですね。それから75年、毎年のように喜界島を訪れていたその女性「たった1日の出会いがこんなに長いお付き合いになりました、でも私も歳ですからここへ来るのは今年が最後です」そう言って空を見上げるとどこからともなく単発機のエンジン音が聞こえてきたそうです。島の人達も耳にしたそのエンジン音、零戦の音です。島の人達もみんな耳にしていました。ただ一人、老いたその女性だけが青い空に吸い込まれていく零戦の姿をはっきり見ていました。

話はそれだけです。その話が嘘か真か、もうそんなことはどうでもいいんです。語り部、稲川淳二の渾身の喋りが会場を包み、涙と共感を呼ぶんですね。戦争は絶対、やっちゃあいかん、心からそう思った瞬間でした。瞳の濁った人には話せない物語です。

稲川さんのもう一つの芸、それは登場した時の、手の振り、“怪場”を後にするときの手の振り、これがなぜか感動するんです、ホントです。「よく来てくれました」とあいさつ代わりに初めに手を振り、「よく来てくれました」と感謝とねぎらいの気持ちが伝わってくる、最後の手の振り。初めは2分くらい、最後は3分くらいと結構長く手を振るんですが、これが段々感動してくるんですね、不思議です。稲川さんも心なしか目が潤んでいました。話術もそうですが、これこそが誰も真似の出来ない稲川さん流の手の振り、なんですね。きっと稲川さんのもつ“壮大なサービス精神”(Wikipediaより引用)がなせる技なんですね。打ち上げがお開きになって帰路についた途端にまた逢いたくなりました。

 

    佐々木 正洋
    佐々木 正洋
    1977年アナウンサーとしてテレビ朝日入社。16年間担当「夕刊キャッチアップ」の最高視聴率16%は今だ破られず。また、2002年出版の「ちょっとしたコツで誰でも『上手な話し方』が身につく」は、当時現役局アナとして近年初1万部を突破。猪木の闘魂ビンタの元祖。2012年独立。テレビ、ラジオで活躍の他、各種イベントの司会や講演を行い、「雑誌ネット」で記事批評を載せ、駒沢女子大学で講師を務める。インターネット、新聞などで世相を斬る、コラムニストでもある。北九州市観光大使