佐々木正洋のいまさら聞けない一般常識 ベテランアナがやさしく解説

2019.03.04

第43回 イカ飯がない!

直近の出来事の中で一番驚きました。

北九州市(福岡県)にはイカ飯がないんです。

小倉駅のデパートにも旦過市場にも売っている店が一軒もないんです。

きっかけは兄からの着信で「おふくろがイカ飯を食べたいって言うんよ」とのことでした。

「ちょっと探せばあるだろうに」と思ったのですが、なにせ兄には頭が上がらないんです。父が5年前に他界してから現在91歳になる母のことは兄に任せっきりでした。母に言われたことがあります。「正洋はちょっと帰ってきて(母のことを)やればいいんやろうけどお兄さんはずっとやってくれよう」これは堪(こた)えました。事実ですからね。それ以来兄が母のことで何か言って来たら出来るだけ希望を叶えられるように頑張ることにしたんです。

たまたま帰省直前にその話をされましたから、「絶対見つける!」と意気込んで北九州空港から小倉駅に向かいました。イカ飯くらい直ぐに見つかる、と高をくくってまず、小倉駅構内の総合案内所に行ったのですが「さあ、聞かんですねぇ」とパッとしない返事。ついでにと駅構内のお土産売り場に足を向けるも、全くその姿を見ませんでした。

イカ飯の代わりというとその彼に失礼ですが、何十年ぶりかに小・中・高と学校が同じだった同級生にバッタリ。旧交を温めるには僅かしかない時間でしたが、彼は西日本では幅をきかせているス-パーの副社長に出世していました。懐かしい同級生が出世していると聞くと嬉しいものです。時間がないのにそこでも彼にイカ飯はいずこに、と聞いてしまいました。「この辺にはないよ」とつれない返事。仕事で立ち去った彼の名刺を見ながら、感慨にふける時間もままならず、近くのデパートに行ってみるも、B1のだたっぴろい総菜売り場にたったひとつのイカ飯もない。売り場の優しいおばちゃんがわざわざ担当の人に聞いてみるも、全く反応なし。

「北海道物産展のときはあるんやけどねぇ、11月やね」

気の毒そうな顔をした地元のおばちゃんには少し救われた気がしましたが、そんなおばちゃんを探すのがテーマではありませんから、踵を返して今度は旦過市場へ。

行ってみるのもいいですが、さっき立ち寄った総合案内所に置いてあった旦過市場の案内パンフに出ていたお店に電話をかけまくりました。

「山口まで行けばあるんやないかね」

「イカ飯にするイカはあるよ」

ずっこけそうな答えばかり。「そうだ、こんな時こそスマホ、スマホ」と開いてみるとありました!イカ飯の文字が!

「ヤッター!」とすぐさまそこに電話! しかし喜びも束の間、返ってきた言葉は「何年か前までやってたんやけどね」ですって。

「もうちょっとやっててよ」と事情がわからない相手に思わずぶつけたくなりました。

ここまでくるとなんだか意地でも「北九州市はイカ飯は置かん!」と言っているように思えたものです。サバの味噌煮なら堂々とどの店頭でも一番目立つ場所にあるんですが、お手上げです。

途方に暮れて実家に到着。その日の午後には兄と合流。イカ飯のいきさつを伝えると「そうやろ、ないんっちゃ、作るか」とのこと。

「あっ、作る、ね」

今の今までイカ飯は買うもので作るものという意識はまるでなかったのですが、兄にそう言われると「じゃあ、作るよ」とおもわず安請け合いしてしまいました。クックパッドを開くと人気NO.1のイカ飯の作り方は会員にならないと教えてもらえない。馬のニンジンですね。

「ああ、そう」と、仕方なく手軽に作れると出ていたところを検索すると今度も手が止まりました。作る手順のひとつに“生チューブ大さじ1”とだけ出ているんです。

「あー、もう何が大さじ1なんだよ!」とイライラ。

他のページを見てそれが生姜であることを確認するまで約10分、『ゲッ、もち米1時間水に浸すんだ』と時計とにらめっこ。イカの背骨やら内臓やらカラスと呼ばれる口を取り出すのにひと苦労、目はどうするんだろうと思いつつも、閉じることのないイカの目を、こちらは目をつぶってグニュっと潰すようにとりだし、“目”を合わさないようにゴミ捨て三角コーナーの中に、どうやらこうやら袋状のイカが出来上がりました。イカ飯のもち米の中の具は、折よく炊き込みご飯、鳥飯の素の具をもってきていましたから、それをもち米に混ぜることにしました。これである程度時間がかせげることになりました。味もこれだけは保証付き。炊き上がったもち米に混ぜ合わせました。このもち米がまた曲者。レシピに何号とではなく40g~50gを3杯と出ているだけ。ハカリがどこにあるかわからず、目分量で勝負したのですが、この勝負、完敗。ベチャベチャしたもち米が炊き上がってしまったのでした。

大いに傷つくも、ここでくじければ、何の変哲もない、イカの煮つけが出来るだけ。泣きたい思いで混ぜご飯のもち米をイカの袋に詰めました。3バイのイカに詰めると結構な量が入りました。そして煮たく時にご飯がこぼれないように袋の頭を串で閉じると出ています。

四方八方から焼き鳥に使うような串をグサッグサッと刺したのですが、これがまた煮るときに鍋に引っかかるんですね。ハサミで両端を切っていると、兄がやってきて「爪楊枝で縫うようにしてやらんと」と悪戦苦闘している僕をしり目に釣り好きな兄が針に餌を通すように器用にイカの袋をちょっと長めの爪楊枝で閉じてしまいました。見よう見まねでもう1パイのイカを綴じてやっとのことで煮込みました。

やれやれと思う頃には炊き上がり、そのまま出せばいいんじゃないんですね。厚めに輪切りにしなくちゃ食べられないんですね。

ここで最後の難関が待ち受けていたんです。輪切りにするのはいいんですが、片方を切り落としたイカのもう片方を輪切りにしようとすると、切ろうとしている反対側から混ぜご飯が押し出されそうになるんですね。あれって、ある程度冷やして固まったところを輪切りにするか、せいので一気に5,6切れの輪切りにするかしかないんでしょうかね。はみ出ないように手のひらで片方を押さえながら、やっとカンセー‼

なんだかんだでてんやわんやの2時間半、戦いに終止符を打ったのでした。

「あっ、せっかく買ってきたのに生チューブ大さじ1忘れた!」

もう後の祭り、腹をくくって母親の前へ。あとは世辞を言わない親子の間で母が口に入れて何と言うか!

「美味しいよ」

母の第一声! 続けて、これがまた印象に残る喜びだったのですが、口数少ない兄が「おいしい、おいしい」と口にほおばってくれました。自分でも食べてみましたが、これが確かに予想外に美味しいんですね。柔らか過ぎたはずのもち米も気にならないんです。考えてみれば刺身にして十分美味しいと言われたイカが新鮮で、ほんのり甘くて肉厚だけど柔らかくて、まず美味しかったんですね。「ゲソは中に入れてもいいと書いてあった」と言われ、僕が読んだレシピより優秀な作り方を目にした兄のひと言で、次こそ完璧にと、誓ったのでした。

イカ飯は家で作るに限ります。父の遺影も仏壇から笑っているように見えました。彼岸の家族団らん、絆が深まるイカ飯作り、でした。

    佐々木 正洋
    佐々木 正洋
    1977年アナウンサーとしてテレビ朝日入社。16年間担当「夕刊キャッチアップ」の最高視聴率16%は今だ破られず。また、2002年出版の「ちょっとしたコツで誰でも『上手な話し方』が身につく」は、当時現役局アナとして近年初1万部を突破。猪木の闘魂ビンタの元祖。2012年独立。テレビ、ラジオで活躍の他、各種イベントの司会や講演を行い、「雑誌ネット」で記事批評を載せ、駒沢女子大学で講師を務める。インターネット、新聞などで世相を斬る、コラムニストでもある。北九州市観光大使