佐々木正洋のいまさら聞けない一般常識 ベテランアナがやさしく解説

2019.01.28

第42回 舞台「リア王」と横内 正さんという俳優

水戸黄門の格さん役でもおなじみの横内正さんが喜寿を迎えました。ということは77歳です。

あえて80歳を過ぎたリア王を演じるため白髪を染めず、あご髭をたくわえているので、見かけは年齢相応に見えるかもしれませんが、普段の横内さんは、甘く太く響く声、そして熱くエネルギッシュな言動、世間的に言われている75歳以上の後期高齢者のそれにはとても似つかわしくありません。

なぜ突然横内さんの話になったかというと、実は横内さんと僕が同郷でそれは福岡県北九州市だったということ、それ故に二人とも北九州市観光大使になっていたということ、それが縁で横内さんに「リア王」の舞台に出てみないかとお声掛けを頂いたという事が理由です。

横内さんはテレビ時代劇で8年間(約250回)格さんを演じ、「暴れん坊将軍」では大岡忠相役として19年間(600回以上)出演した茶の間の人気俳優であることは言うまでもないことですが、単にそれだけではありませんでした。本物の俳優さんでした。

僕は何十年ぶりかに定期を買って、台東区三ノ輪の稽古場まで通いました。そこで見た横内さんは、【格さん】ではなく、文字通り【核】のある俳優さんであり、切れ味鋭い演出家でした。

ご存知の方もいらっしゃるかもしれませんが、僕は『リア王2018』の記者会見で横内さんに紹介いただき、翌日のスポーツ紙に佐々木アナ、俳優デヴューと名前が載りました。面映ゆいものはありましたが、悪い気はしませんでした。

ところが、横内さん直々の演技指導の初日『歩きだけで、板の上に何年たっているかわかります』と、けだし名言が飛び出しました。これで先ず、ひょっとしたら、などという幻想は吹っ飛びました。逆に恥ずかしい気持ちに襲われたのを覚えています。

こんなことも言われました。僕は「リア王」のなかで【紳士】役です。今でいう県知事クラスの地位にいる政治に精通しているジェントルマンの役です。例えば、こんな台詞があります。
「あっ、ここにおいでだ、お押さえしろ、恐れながらコーディリア様には――」と。
横内さんから言われたのは『それぞれのくだりは誰に言っているのか考えてみてください』ということでした。愕然としました。そんなこと考えもしなかったからです。「あっ、ここにおいでだ」というのはリア王をやっと見つけた、という自分への安堵の言葉、「お押さえしろ」というのは自分の従者に対して、「恐れながらコーディリア様には――」はリア王に発した言葉、というのが正解でした。それがわかると自然に声の強弱、緩急、トーンなどが決まっていくという理屈でした。さすがに俳優座養成所13期生(同期には石立鉄男、細川俊之、佐藤友美、加藤剛ら)で、基本に裏打ちされた地に足のついたしっかりした演出、アドバイスは得心のいくものでした。

それだけではなく、不遜を承知で申し上げるならば、稽古場へ毎日通うのが楽しみであり、新鮮であり、面白いものでした。俳優さんは疑似的に他人の人生を歩むことが出来る、と言われますが、横内さんの演出を見聞きしていると、そこにはいつの時代も変わらぬ、人間の本質が見えてくるから不思議です。そして役どころで違う人物像、それらを的確につかみそれぞれの俳優さんに演出を加えていくんですね、まるでシェークスピアが、4大悲劇のひとつとして知られる『リア王』を著した1606年を知っているかのように。ニュートンが引力を発見する、その前の時代なんですよね。それでも現代に通じる老人介護、不倫、嫉妬、欲、権力、愛憎、差別などの問題、などが網羅されているんです。シェークスピアが凄いのはその辺の人間の本質への洞察力であることは言うまでもないのですが、それらを時代背景を踏まえながらデフォルメしていく横内さんには、畏敬の念さえ覚えます。

そして、思います。実力ある俳優は他人(ひと)に人生を教える力があるんだなと。僕は今、喜寿を迎えてなお、色気を満々と湛える横内正さんに、舞台に、怖気づいています。

    佐々木 正洋
    佐々木 正洋
    1977年アナウンサーとしてテレビ朝日入社。16年間担当「夕刊キャッチアップ」の最高視聴率16%は今だ破られず。また、2002年出版の「ちょっとしたコツで誰でも『上手な話し方』が身につく」は、当時現役局アナとして近年初1万部を突破。猪木の闘魂ビンタの元祖。2012年独立。テレビ、ラジオで活躍の他、各種イベントの司会や講演を行い、「雑誌ネット」で記事批評を載せ、駒沢女子大学で講師を務める。インターネット、新聞などで世相を斬る、コラムニストでもある。北九州市観光大使