佐々木正洋のいまさら聞けない一般常識 ベテランアナがやさしく解説

2018.12.28

第40回 平成の時代に変わったもの

僕がテレビ朝日にいた頃、平成生まれです、と言って入社してきた社員が当然何人もいました。それはもう、隔世の感がありました。時間の経過を考えればごく自然で、当たり前のことなのですが、人間、常に自分中心にしか考えられない生き物で、それはそれは驚いたものです。

唐突ですが、宇多田ヒカルさんがあの藤圭子さんの子供だったということを知った時も、もうビックリ仰天でしたね。なにせ当時音楽プロデューサーと言われた宇多田照實(うただ てるざね)氏とともにニューヨークへ旅立った時に抱いていた赤ちゃんが宇多田ヒカルさんだったからなんですね。今でこそ宇多田照實氏と言えば、宇多田ヒカルさんの音楽プロデューサーでもあり音楽業界でピンと来る人も多いですが、当時はどこの誰かはっきりせず、藤圭子さんがその宇多田さんと一緒になり、1983年、ニューヨークで出産というニュースが流れ、一時帰国、直ぐに渡米ということで成田空港で藤さんがもみくちゃになりながら、必死に我が子宇多田ヒカルさんを抱いていたのを取材した僕ははっきり覚えています。当時、成田空港は大騒ぎでした。

話が横道にそれちゃいましたが、この平成の時代に、それまで常識とされていたことが随分変わりました。僕という人間の内面も時代に翻弄されて変わったこともあります。他愛もない事でもかなり変化しましたね。俯瞰で見て何でもないことでも個人の文化が変えられるというのは、慣れるまで抵抗感があります。

僕がテレビ朝日に入社したのは昭和52年。1977年でした。当時、出社は必ずネクタイを締めるように言われていました。ネクタイを締めていないと先輩アナウンサーに咎められました。残業時間も平成で改められました。取材を繰り返していた僕などは月間なんと残業時間150時間超は当たり前でした。そして休みたいと言えば「そんなに休みたければ一生休んでれば」と言われたものでした。

先輩ディレクターに初めて新宿のおかまバーに連れていかれたのは昭和でした。いきなり“わかめ酒”の洗礼を受け、翌日、アン・ルイスさんから「オー、わかめ酒!」とからかわれたものです。あの頃、おかまやゲイの人達は、自分たちから彼らの世界に行かなければお会いできませんでしたが、平成の今は、ごく身近な存在になっています。それどころか芸能界でもマツコ・デラックスさんはじめゲイの人達は大活躍です。社会全体としてLGBTの問題も大きく取り上げられています。これも平成になってからですよね。

そんな社会問題もさることながら、僕の中で極め付きは、“ポロシャツはズボンの外”に出して着るスタイルになったことです。ポロシャツやちょっとカジュアルなワイシャツなど、60歳以上の人は若い時、ほとんどズボンの中に入れていましたよね。今はそんな人、ほとんどいませんね。むしろ今では野暮なんですね。みっともないと言う人までいますもん。さすがにポロシャツはもうズボンの中に入れなくてもなんとか我慢できますが、ワイシャツの類はどうしてもいまだにズボンの中に入れたくなりますね。その習慣がマナーとして残っている場所があります。ゴルフ場です。ちゃんとしたゴルフ場では、ポロシャツをズボンの中に入れていないと注意されますよね。それが紳士の身だしなみだったんです。その証がゴルフ場。ゴルフ場で注意されて、ビックリしてホッとしたのを覚えています。

そして平成でようやく詳らかになってきたのが、セクハラ、パワハラ、コンプライアンス。文明が発達すればするほど世の中、デリケートになっていくんでしょうね。「愛のムチ」もジャンル分けすると暴力になってしまいました。

反面、デリケートではない事象も多く見受けられるようになりました。それは当たり前のように電車の優先席には健康そうな若者が平気で座っていること。お年を召した方が近くに寄ってきてもまったくお構いなし、です。あの神経は僕にはわかりませんね。

一方で、400年前にシェークスピアも戯曲で描いたように、権力闘争、色恋沙汰というのはいつの時代にも変りません。

ですが、芸人さんが芸人さんの不倫を、昔はとやかく言いませんでした。あれは、僕に言わせると自分たちで自分たちの首を絞めているようにしか見えませんが。こう言っている僕がきっと古いのでしょうね。

来年はさらに新しい時代が幕を開けます。何がどう変わるのか楽しみな反面、ちょっと怖いです。皆さんはいかがですか。

    佐々木 正洋
    佐々木 正洋
    1977年アナウンサーとしてテレビ朝日入社。16年間担当「夕刊キャッチアップ」の最高視聴率16%は今だ破られず。また、2002年出版の「ちょっとしたコツで誰でも『上手な話し方』が身につく」は、当時現役局アナとして近年初1万部を突破。猪木の闘魂ビンタの元祖。2012年独立。テレビ、ラジオで活躍の他、各種イベントの司会や講演を行い、「雑誌ネット」で記事批評を載せ、駒沢女子大学で講師を務める。インターネット、新聞などで世相を斬る、コラムニストでもある。北九州市観光大使