佐々木正洋のいまさら聞けない一般常識 ベテランアナがやさしく解説

2018.11.19

第37回 国会議員の気質と人としての器

そうなんですね。今まで気が付かなかった僕の不覚です。

でも、おまけの話としても2018年11月のアメリカ中間選挙の後日談として誰も伝えてないんですね。

何かというと、上院、下院の議員の数です。日本と比べると圧倒的に少ないんです。

アメリカって50州の人口は2017年調べでおよそ3億2570万人、対して日本の人口は約1億2670万人。アメリカは日本の人口の2.57倍です。それなのに国会議員の定数はアメリカ、上院100議席(日本では参議院にあたる)、下院435議席(同じく衆議院)なんですね。

日本はと言えば、参議院242議席だったものが来年の夏の参議院選挙の後から248議席になるんです。国会議員の数を減らす減らすと言っていて結局、6人も増えちゃったんですね。参議院などは選挙区割りの問題を持ち出して定数是正までしたんですよ。

そして、そしてそして衆議院に至っては465議席という大所帯なんですね。

これだけでも「えっ、なんで?」って思ってしまいますよね。同じ国会議員でも、ちょっと質も役割も違うので一色単に出来ないんですが、単純計算してみましょう。

アメリカは国会議員総数535人。1000万人の国民に対して、四捨五入計算で、16人の国会議員です。比べて日本ではどうでしょう?

国会議員総数、来年の参議院選終了後からは713人になります。1000万人の国民に対して56人の国会議員です。

国民の政治参加意識が強いアメリカの方が国会議員の数だけ考えると少なく、芸能人の政治的発言などもっての外という日本がアメリカの3.5倍の国会議員がいるんですね。

だから選ばれた選挙区以外、全く知られていない人たちが国会議員として跋扈しているんですね。そういう人たちの中には無責任極まりない人達も数多くいるわけです。

そういう人達を数え上げればキリがないのですが、例えば2018年10月2日に発足した第4次安倍内閣の大臣たちのお粗末だったこと。片山さつき地方創生担当大臣の口利き疑惑他の不祥事もさることながら、「この人、ホントに国会議員?」とまで思わせたのが、桜田義孝五輪担当大臣でした。

日本で開催するオリンピック、パラリンピックの意義も語れず、今時、ドヤ顔で「私はパソコンを扱いません」という始末。海外から「日本ではこんな大臣が国政をあずかっているのか」と揶揄されていまいそうです。

そもそもこの方は千葉8区から7回も当選しているんですよ。地元では”いい人”で通っているそうですが、千葉8区の皆さん、如何ですか? こういうと村長さんからお叱りを受けますが、どこかの村長さんがそのまま大臣になったほうが、もっと良い仕事をしてくれると思います。本当に大臣として恥しいですよね。国民はああいう人を許せないんですよ、野党の皆さん。ああいう人に大臣に居座ってもらっては困るんです。安倍さんが言った「人材豊富な自民党にあって、適材適所、今回の内閣は実務型内閣…」、ウソじゃないですか、となんで責めないんですかね。

でもそこで我々が辛うじて失望、絶望しなくて済む政治家の人達もいるんですね。

商売柄、何人かの有名政治家の人達に会っています。どの世界もそうですが、政治家の世界もピンキリです。マスクしてキャバクラに通う政治家さんも知っていますが、こちらが頭が下がる政治家もいます。

昔、現在の菅義偉官房長官に会ったことがありました。たった2回ですがその印象は強烈でした。ちょうど民主党が政権を握っていた時分で、衆議院議員会館で初めてお会いしました。こんな議員さんもいるんだと印象に残ったくらい静かな方でした。「やれることをやっていくしかないですね」と淡々と話されていました。秋田から高校卒業後、集団就職で上京してきた苦労人でいらっしゃるということでしたが、ちっとも威張らないのに底力を感じさせる方でした。

その後、彼の地盤である横浜のパーティでお会いすることになるのですが、そのパーティに来れるかどうかわからないという中で打ち合わせをしました。僕は菅さんに好印象を抱いていたこともあって、是非おいで頂くようにと、主催者にお願いしました。ギリギリまで出欠はわからなかったんですが、当日、姿を現した菅さんから一言「佐々木さんにお願いされたら来ない訳にはいきませんよね」とおっしゃった。まさに素晴らしき““人たらし”の一言。これが政治家なんだな、と今さらながら思います。いぶし銀という言葉がピタリとはまる,そんな力量のある政治家ですね。安倍さんが離さないはずです。

もうおひと方、大勲位菊花大綬章の叙勲もある方。その世界では“大勲位”とも呼ばれている方。中曽根康弘さんです。もう御年100歳になられる中曽根さんの99歳の白寿のパーティに列席した人達は、矍鑠(かくしゃく)とした中曽根さんの存在感に皆圧倒されていました。

そんな中曽根さんに忘れられない言葉を頂戴したのは、いつだったでしょうか。1987年に総理を退陣した後の話ですから、平成の時代に入っていたかもしれません。おそらくホテルオークラだったと思いますが、僕は、ある披露宴の司会を任されていました。

とても品のいい披露宴でしたが、人数はそれほど多くなく来賓の数は70名を数えるほどだったと記憶しています。

主賓の祝辞に立った中曽根さんが「友人は少ないほうがいい、披露宴はこれくらいの人数がいい」と言われたのを今でもはっきり覚えています。

さすが元総理、洒落たことを口にする、と思っていました。

考えてみれば披露宴の司会は数多やりましたが、中曽根さんの祝辞は主賓の祝辞として覚えている数少ない祝辞でした。披露宴もつつがなく進みお開きになりました。中曽根さんはお開きまでいらっしゃいました。これだけでも非常に珍しい光景です。それまで披露宴に列席する政治家で“乾杯!”以降いらっしゃる方というのを見たことがありませんでしたから、これは僕の中では驚き以外なにものでもありませんでした。

さらにお開きのあと、来賓が続々お開き口に向かう中、列の最後の方に中曽根さんが並んでいました。これもまたビックリでしたが、司会席の横を通り過ぎる時です。テレビ朝日のまだペーペーのアナウンサーに中曽根さんは「見事な司会でした」と言われたのです。

まさかあの中曽根さんからそんなお褒めの言葉を頂くなんて思いもよりませんでしたから、その場でうろたえてしまいました。アナウンサーのくせに「ありがとうございます」しか返せず、立ちすくんでいました。信じられませんでした。

最初は、僕がテレビ朝日というマスコミのアナウンサーだから、ああいう言葉を口にされたのかなと思いました。でも、それは違います。そんなケチな了見ではありません。あれはやはり、人を良く見ているのです。頑張っている人を褒める、これぞ政治家の極意なのでしょう。日本の戦後史に名を遺す宰相のおひとりであることは言うまでもないことですが、人への気遣いというよりは揺らぐことのない中曽根さんの誇り、自信を垣間見たような思いでした。だからこそ1991年に中東特使に任ぜられ当時フセインイラク大統領との会談で日本人の人質全員が解放できたのかもしれません。

政治家には光と陰があります。だから、陰だけを見ていこうとすれば、とてもこんなことは言えないでしょう。でも時には光の部分に目をやり、自分の精神文化に添えてあげれば、あなたの人としての器も世の中を動かす程のものになるかもしれませんね。と偉そうに言っていますが、僕なんぞは、世の中どころかカミさん一人の気持ちも動かせない、ですけどね…。

    佐々木 正洋
    佐々木 正洋
    1977年アナウンサーとしてテレビ朝日入社。16年間担当「夕刊キャッチアップ」の最高視聴率16%は今だ破られず。また、2002年出版の「ちょっとしたコツで誰でも『上手な話し方』が身につく」は、当時現役局アナとして近年初1万部を突破。猪木の闘魂ビンタの元祖。2012年独立。テレビ、ラジオで活躍の他、各種イベントの司会や講演を行い、「雑誌ネット」で記事批評を載せ、駒沢女子大学で講師を務める。インターネット、新聞などで世相を斬る、コラムニストでもある。北九州市観光大使