佐々木正洋のいまさら聞けない一般常識 ベテランアナがやさしく解説

2018.11.09

第36回 「自己責任ということ」

シリアで拘束された安田純平さんに対してまたもや、自己責任論なるものが、大手を振って歩いています。エジプトのタレント、フィフィさんが「なんだかヒーローのように扱われている安田さん」と安田さんに対して辛らつな言葉をぶつけていました。彼女の言っていることに、いくつかの矛盾がありました。そのひとつは“ヒーローのように扱われている”という言葉。

僕なんかに言わせると3年4ヶ月もの間、死と隣り合わせで拘束され、疲労困憊であるにもかかわらず、帰国途中の飛行機の中ではマスコミからの質問攻めでした。よくもあれほど淡々と嫌な顔一つせずに、的確に答えられるもんだなと感心したものです。

その様子を見るにつけ、安田さんには日本に対して『申し訳ないことをした』という気持ちが少なからずあったことが伺えます。だからこそ、タフな精神力に加えて、あれほど強い人でいられたのではないのでしょうか。

あれで安田さんがPTSDに落ち入ったとしても、フィフィさんは、また“自己責任”というのでしょうか?

「エジプトなどでは、簡単に自己責任と片付けられ、救出活動などは一切行われない」

また、フィフィさんは、こう口角泡を飛ばして安田さんを批判していました。

でも、申し訳ないですが、安田さんはまずエジプト人ではありません

それにフィフィさんは「自分だったら(拘束されにっちもさっちもいかなくなったら)“死”を選ぶ」と主張しているようですが、ジャーナリストの使命は、覚悟の死を選ぶことではありません。何としてでも生きて“伝える”ことなのです。

危険極まりない国の情報など本当のところは誰も知りません。南京大虐殺の真偽、従軍慰安婦問題の真偽など多くの人間が目撃しているにもかかわらず、本当のところがなかなか見えてこない、それは、そこに危険報道を旨とするジャーナリストがいなかったからでしょう。だから安田さんのようなジャーナリストは必要不可欠なのです。

また今をときめく坂上忍さんは、「僕らが番組で言ったことに、SNSで大炎上したとしてもそれは自己責任と言われるのに、安田さんは自己責任は問われないんですかね」みたいなことを言っていました。

これが本当の“お門違い”というものです。まるで見当違いですね。坂上さんとて体を張ってそれぞれの社会問題に苦言を呈しています。それはそれで認められるものですが、安田さんが世に問わんとしていることは、人間の一番醜い、暴行、暴力、殺戮といった人間として許されない行為の数々です。そしてシリアの善男善女がどれほどの苦しみにあっているかという実態を世界に伝えようとしたのです。それがジャーナリストの使命だからです。

かつて(2004年4月)イラクで日本人人質事件が発生した時に“自己責任論”というものが平和ボケした日本で火を噴いたことがありました。当時のアメリカ・パウエル国務長官は何といったでしょうか。

「イラクの人々のために、危険を冒して現地入りをする市民がいることを、日本は誇りに思うべきだ」

こういったのです。

この発言は、話題になりました。凄いですね。これが民主主義であり、ジャーナリズムへの敬意の言葉だと思いますね。日本の政治家で安田さんが拘束されたことに関連してこれほどのことを毅然と言える人はいるでしょうか?こういう観点は、国の風土は関係ありません。真の先進国家のありよう、と言えそうです。

そう考えた時に、日本という国はまだまだ民主主義国家とは程遠く、先進国とも言えず、只々、たけしさんが見事に言い当てた「赤信号、みんなで渡ればコワくない」的な風潮が根強いようです。自分の信念に基づいて発言するのではなく「あたりを見回した意見」を重宝するのですね。

ところで、安田さんは自己責任ということを全く考えていなかったでしょうか。拷問を受けているに等しいギリギリの精神状態が3年4か月も続いているそのさなか、妻から身代金交渉ブローカーを通じて、夫に間違いないことの確認の質問に、「Harochaakan」(ハロチャアカン)「Danko6446」(ダンコムシシロ)「Bujifrog」(ブジフロッグ=カエル)。などと暗号めいた綴りで返しているんですね。翻訳しても意味不明ですよね。武装集団にはチンプンカンプンだったでしょう。
今にも、精神が壊れそうな状況下で、こんなことを貴方は書けますか? 僕には書けません。妻からの“好きな焼酎の名前は?”と聞かれれば、何の工夫もなく焼酎の銘柄を書いていたでしょう。「Danko6446」(ダンコムシシロ)なんて答えられる人は安田さんをおいて他にいるでしょうか。

冷静に「身代金など払う必要はない、必ず無事に帰る」と暗号の様な文字で妻に伝えてきた安田さんに、「覚悟がない」「殺されたとしても自己責任」「商売商売」と誰が言えるのでしょうか? 日本の大手マスコミもこういう時こそ、取材協定を各社で結び安田さんの体力回復を待って取材する、あるいは代表質問にする、としたらどうなんでしょうか。場合が場合だけに、それが報道のあるまじき姿、という訳ではないでしょう。記者会見で一番の質問が、「自己責任についてどう考えますか」というものではないことを切に祈るばかりです。

    佐々木 正洋
    佐々木 正洋
    1977年アナウンサーとしてテレビ朝日入社。16年間担当「夕刊キャッチアップ」の最高視聴率16%は今だ破られず。また、2002年出版の「ちょっとしたコツで誰でも『上手な話し方』が身につく」は、当時現役局アナとして近年初1万部を突破。猪木の闘魂ビンタの元祖。2012年独立。テレビ、ラジオで活躍の他、各種イベントの司会や講演を行い、「雑誌ネット」で記事批評を載せ、駒沢女子大学で講師を務める。インターネット、新聞などで世相を斬る、コラムニストでもある。北九州市観光大使