佐々木正洋のいまさら聞けない一般常識 ベテランアナがやさしく解説

2018.08.14

第30回 十六番館と踏み絵

今、僕が一番気になっている文化遺産

それは、遠藤周作さんが「沈黙」という小説を著すきっかけとなった「聖母マリア像をあしらった踏み絵」と、その踏み絵が展示されていた十六番館という歴史的建造物です。今は、佐賀県にお住いの重機会社の社長をされ地元にも多大な社会的貢献をしている方がその十六番館の所有者であり、「踏み絵」もその方が保管していらっしゃいます。必死にその十六番館を再興させようと試みているのですが、再建させたい場所が長崎の“風致地区”に認定されている場所で簡単には復活、といかない事情もあります。

遠藤周作さんがその踏み絵を目の当たりにしたのが昭和30年代、前回の東京オリンピック(昭和39年)の少し前、昭和34,5年のことでしょうか。「沈黙」は1966年(昭和41年)に上梓されます。当時キリスト教徒作家でもあった遠藤氏は十六番館にあった3000点にも及ぶ貴重な歴史資料の品々を指して『どれもガラクタばかりだがこの踏み絵は凄い!』と驚嘆したと言います。何が凄いか、その踏み絵を僕も手にしたことがありますが、聖母マリア像が描かれている板の中央部分が“くぼんで”いるのです。


踏み絵を見る遠藤周作

何千人、ひょっとしたら1万人以上の人が踏み絵によってキリシタンか否か検閲されたのかもしれません。最近になって「長崎と天草地方の潜伏キリシタン関連遺産」が世界遺産として決定されました。この踏み絵が世界遺産の一部に認定されれば言うことなしですが、十年以上も行方知れずだった、この踏み絵が世界遺産群に入っている訳もなく、今はまだこの踏み絵も十六番館もさほど脚光を浴びていません。

因みにこの十六番館というのは1860年に竣工し日本最古の木造洋館(日本にはなかったパイン杉を使用)であることは疑う余地のないことなのです。そもそも十六番館はアメリカ領事館職員の居住の為に建てられたもので、グラバー邸の主人トーマス・グラバー氏も1863年にグラバー邸が完成するまでは、しばしこの十六番館に身を寄せていたと言います。

時を経て活水女学院創設にあたり、宣教師エリザベス・ラッセル氏により学校に使用されたということがわかっています。その後昭和32年、九州初のタカラジェンヌ、嵯峨あきら氏により100万円で買い取られたのです。その100万円はどうやって工面したのでしょうか? 一説には宝塚歌劇団をつくった阪急の創業者、小林一三氏とのロマンスも囁かれています。

また、残酷な検閲制度でもあった踏み絵ですが、このエリアの代官が全員、血も涙もない極悪非道の人間達かというとそうとばかりは言い切れないようです。それは、代官の多くは、潜伏キリシタンの掘り起こしには憂鬱で内心『キリシタンのままで良いから踏み絵を踏んでくれ』とそれこそ祈っていた代官も少なからずいたそうです。そりゃそうですよね、代官だって人の子、踏み絵を踏まず、処刑せざるを得ない信者数が多ければ多いほど、そのエリアにおける、代官のガバナンスも問われることになりますから。そして意外にも踏み絵を踏んでいたキリシタンの数も多かったのではと想像させられます。隔世の現在、それを感じてホッとするのも、あまり意味のない事かもしれませんが、歴史の中の信者の姿を正確に知りたい思いに駆られます。

いずれにしてもキリシタンの多くが、何が何でもキリスト教というのではなく、仏教、神道などいくつもの宗教を崇め、その中のひとつにキリスト教も存在した可能性も否めないと言います。このあたり、いかにも日本人で、当時、それほどの神様に頼らないと、日ごろの生活が苦しすぎた、とも考えられます。あるいはその逆で、非常に牧歌的に毎日を過ごす中で、確固たる宗教心は返って邪魔だったのかもしれません。ただしかし、1637年に起こった島原の乱の激しい一揆、内乱をみると苦しみや不満が、充満していたことが伺えます。

これら、踏み絵や十六番館を知ることによって時を経てもなお現代と共通する日本人の本音も垣間見えてくるようです。僕の今回のコラムを読んで、「踏み絵」や「十六番館」に興味を持った方は、どうぞ「快活60」までお便りください、ね。

 

参考までに

https://www.zakzak.co.jp/entertainment/ent-news/news/20170127/enn1701271700010-n1.htm

    佐々木 正洋
    佐々木 正洋
    1977年アナウンサーとしてテレビ朝日入社。16年間担当「夕刊キャッチアップ」の最高視聴率16%は今だ破られず。また、2002年出版の「ちょっとしたコツで誰でも『上手な話し方』が身につく」は、当時現役局アナとして近年初1万部を突破。猪木の闘魂ビンタの元祖。2012年独立。テレビ、ラジオで活躍の他、各種イベントの司会や講演を行い、「雑誌ネット」で記事批評を載せ、駒沢女子大学で講師を務める。インターネット、新聞などで世相を斬る、コラムニストでもある。北九州市観光大使