佐々木正洋のいまさら聞けない一般常識 ベテランアナがやさしく解説

2018.07.30

第28回 モジリア―ニの名言

モジリアーニの絵にしばしば登場する女性の名は、ジャンヌ・エビュテルヌというんですね。皆さんもモジリアーニが描いた独特の首の長い女性の顔に見覚えがあるでしょう。何でそんなことを突然書き出したかというと、義父が洋画家大沢昌助の即売展示会を新宿のデパートでやっていると言いだしたからなんですね。大沢氏の描く女性の絵はのっぺらぼうが印象的です。そして誰かの絵に雰囲気が似ているとずっと思っていたんですが、今日ふと「そうだ、モジリア―二だ!」と思い当たったんですね。

もちろん、モジリアーニの絵に描かれている恋人エビュテルヌには目、口、鼻はついているのですが、面長の顔、全体の配色などどことなく、大沢昌助氏の絵を彷彿させるんですね。活躍時期から言うと大沢氏のほうが後ですから影響を受けているとすれば間違いなく大沢氏のほうということになりますが。まぁ、それはさておき、モジリアーニを思い浮かべると僕は決まって映画『モンパルナスの灯(ひ)』のなかでジェラール・フィリップ演じるモジリアーニが口にした言葉を思い出すんです。もう、お酒が入ると絶好調で、まるで自分が言ったかのように自慢げに話すんですね。そしてそのモジリアーニが言ったとされている一言を口にしたときの快感と言ったらないんですね。読者の皆さんの、「もう、オマエの講釈はいいからその言葉を早く言えよ」と聞こえてきそうなので、この映画のあらすじを追いながら、お話ししましょう。

エビュテルヌとは2017年に知り合い2020年に35歳で彼は没しているので、わずか3年のあいだに何十枚ものエビュテルヌを描き上げたことになりますね。来る日も来る日もモンパルナスの丘で似顔絵を描いていた彼ですが、その不遇の天才画家に目を付けた画商がいたんですね。間もなく画商を通じてワイン会社の社長が知るところとなり、その社長はモジリアーニと生活を共にするエビュテルヌのもとを訪ねるんですね。そこでワインのラベルに彼の絵を使いたい旨をエビュテルヌに告げます。その話を聞いて妊娠していた彼女は小躍りして喜ぶんですね。一刻も早く彼に教えてあげたい気持ちで一杯のところに、疲れた病弱な彼が帰宅します。

「あなた、いい話よ!」と満面に笑みを湛えて、なぜワイン会社の社長さんがいるかを話すんです。映画を鑑賞している方も『これでモジリアーニも報われるよなぁ』と安堵しかけるんですね。ところが、モジリアーニの表情が曇っているんです。そして、おもむろにそのワインボトルを逆に持ち、まじまじとそのボトルのラベルを見つめていたかと思うと、次の瞬間、ワインボトルを“パーン”と柱の角で割っちゃうんですね。エビュテルヌの悲鳴にも似た声が部屋に響きます。

「あなた、なにするの!」

すかさずモジリアーニが返した言葉。
「オレの絵は、一枚なんだ!」

雪がしんしんと降る、1920年1月、体の弱かったモジリアーニは行倒れに。荒廃した生活の末に肺結核を患っていた彼はそのまま息を引き取るんです。

その様子をハゲタカのように見届けた画商は、その足でエビュテルヌを訪ね、保管してあったモジリアーニの絵を二束三文ですべて買い取るんですね。モジリアーニの死を知らない、わずか21歳の健気な彼女は「今度こそ、彼は喜んでくれる」と帰ることのないモジリアーニを待つんです。当時、ピカソやセザンヌ、ユトリロといった錚々たる画家がフランス画壇を彩っていたのですが、彼は、生前、華やかな表舞台に立つことがないままこの世を去ったんですね。
彼が亡くなって三日後、絶望したエビュテルヌは、お腹の子と一緒に命を絶ちます

乾いた現代にあって、世に認められる前に、「オレの絵は一枚なんだ!」と言える人がいるでしょうか。僕など、喋りの注文が出されてああしゃべって、こうしゃべってと言われて意に沿ぐわなくても「これがオレのしゃべりなんだ!」なんてとても言えません。

まぁ、芸術の世界とはフィールドが違うと言ってしまえば、それまでですけどね。人間、どちらが幸せなんでしょうねぇ。あっ、僕の知っている中で、そういう生き方を僕が感じた俳優がいました!松田優作さん、彼は、そうでした…。

    佐々木 正洋
    佐々木 正洋
    1977年アナウンサーとしてテレビ朝日入社。16年間担当「夕刊キャッチアップ」の最高視聴率16%は今だ破られず。また、2002年出版の「ちょっとしたコツで誰でも『上手な話し方』が身につく」は、当時現役局アナとして近年初1万部を突破。猪木の闘魂ビンタの元祖。2012年独立。テレビ、ラジオで活躍の他、各種イベントの司会や講演を行い、「雑誌ネット」で記事批評を載せ、駒沢女子大学で講師を務める。インターネット、新聞などで世相を斬る、コラムニストでもある。北九州市観光大使