第26回 衝撃を受けた言葉
言葉ってまごうことなく、文化ですよね。実際に現実社会で僕が経験した、今思い出す文言を綴ってみましょう。
一番強烈な、体に痛みを伴って、鼻血まで出た会話といえば、猪木さんとの試合前のやり取り、平成2年2月10日東京ドームのドレッシングルームにて。
「もしこの試合に負けるようなことがあれば、勝負は時の運という言葉では済まないことになりますが?」
という僕の質問に対しての答えでした。
「(試合に)出る前に負けることを考えるバカがいるかよ!」と激怒のコメント。このコメントを聞き終わるか終わらないうちにリポーターとしてマイクを向けていた僕は、ビンタされ少なくとも1メートルは飛ばされました。
当時のことをVTRで振り返った番組がやたらインターネットに出回っています。
この猪木さんの答え、質問内容の打ち合わせは一切しておらず、猪木さんの本能的反射で出た言葉です。
後に、ももクロのライブでもこの場面、笑いを誘って再現されていましたが、考えてみれば猪木さんの言う通り、真剣勝負というのは、そういうものですね。
サッカーワールドカップでもサムライジャパンがはるか格上のコロンビアを破ったり、FIFAランク3位のベルギーに2‐0で先行しあわやベスト8の大金星かと思われる活躍をしたのも、猪木さんのこの言葉に通じる、勝負師のほとばしる熱き思いです。計算の無い、説得力溢れる、けだし名言と言えますね。
こんな大それたやりとりでなくても覚えている言葉があります。
それは僕が学生時代、何でも経験だと、新聞配達のアルバイトをやった時のことです。新聞配達そのものを「なんでも経験」とやや不遜な態度で臨んだ所為で精神的に痛い目に遭ったのかもしれませんがある日、ご多聞に漏れず寝坊して新聞配達時間に大幅な遅刻をしてしまいました。
朝8時を過ぎていましたから『当然、誰かが配ってくれただろう』と甘い考えで新配達店に謝りの電話を入れました。返ってきた言葉に唖然としました。
「佐々木君の200部はそのままにしてあるから」
という返事だったのです。仕方なく惨めな思いで家人に見つからないようにそうっとまわっていました。その行為自体が情けないですよね。それでも、ある一戸建てのポストに新聞を投函しようとした瞬間にガチャっと玄関が開き、中からご婦人が出てきました。『あ~、万事休す』とばかり体を丸めて怒りの声が頭上を通過するのを待とうとしたんです。一言『済みませんでした』と言えばいいものを、それも出来なかったのは、学生の甘えだったのでしょうね。この時言われた言葉は今でも鮮明に覚えています。
「あらっ、朝日新聞にお昼が出来たのね」というものでした。
当時はもちろん、感心している場合じゃなくて、さすがに「済みませんでした」とだけ言ってそそくさと這う這うの体で、その場を後にしました。
それにしても、見事ですね。朝日とお昼と、掛けているところも、実にうまいし、叱り飛ばすよりはるかに有効な、一刺しです。自分が言われた立場でなかったら、大いに笑えるところでしたが、その言葉に繋がった原因は自分にあるわけで、『二度と遅刻はしまい!』と強く自分に言い聞かせました。今のお笑いの人でも、DJポリスでも言えない一撃必殺の一言でした。
そう言えば、【お笑いの人】で思い出しましたが、たけしさんの、日本人を皮肉る痛烈な笑えるけれど笑えない名言「赤信号、みんなで渡ればコワくない!」というのがありましたね。日本人の「個」の無さをえぐるような笑いで、今では、誰でも知っている格言の様になっていますね。冷静に考えると怖い言葉、ですね。
まだまだいくらでもありますが、サッカーW杯で、出た「大迫、ハンパない!」、これは何の説明も必要としないでしょうが、松本人志さん、たけしさんなど、それこそプロ好みのギャグとして、今、巷で最も使われている言葉かもしれません。「ハンパない」=「卓越した、ものすごい」というような意味で使われているんですね。この「ハンパない」表現をしたのは、2008年当時、第87回高校サッカー選手権において準々決勝で敗れた滝川第二高校のキャプテン、中西隆裕さんでした。大迫勇也選手率いる鹿児島城西高校に敗れたんですね。ロッカールームで滝川第二高校の選手がみんな泣いていたのでなんとかみんなを慰め、場の雰囲気を和らげようとしたのと、テレビ局のカメラが入ってきたので意識して咄嗟に出た言葉だそうです。機転が利くというか相当頭が良くないとあんな芸当出来ませんよね。後に中西君は関西大学に進みサッカーを続けたそうですが、ずっと応援席だったそうです。今現在は三井住友銀行にお勤めのエリート君だそうです。今回の件では「みんなに迷惑かけて済みません」だそうですから、就職先を意識しているとはいえ、出来た方ですね。リッパです。
長くなっちゃいましたが、実は衝撃を受けた一言はこのサッカーW杯に関係しているんですが、「ハンパない」ほど知られていないんですね。誰が口にしたかというとあの解任されたハリルホジッチ前日本代表監督なんですね。
どこかの番組で「ジャパンが予選リーグで活躍していますがどう思いますか?」とわざわざフランスまで飛んで聞きに行っているんです。少し意地悪なこの取材に対してハリルホジッチさんはどう答えるんだろうとテレビを凝視しました。
すると日本語に訳したフランス語はこうでした、「わざわざ来てくれてありがとう。皆さんにとって素晴らしい一日になりますように!」と言い残し家の中に消えていったのです。
僕はわが目、わが耳を疑いました。日本人で「ノーコメント!」としか言いたくない場面で、こんな小洒落た言葉を口にできる人はゼロと言っていいでしょう。と言うよりは、日本にはそういう文化がないんですね。まさにフランス文化ですね。それでもってちゃんと取材拒否を表しているから、これまた「ハンパない」ですよね。ベルギー戦で敗れたブルージャパンでしたが直後のインタビューで長友選手が「やれることは全てやりました。胸を張って帰ります!」と言ってくれました。この一言でベルギーに負けた悔しさが僕の中からスーッと消え、日本時間午前5時にインタビューに答えていたテレビの中の長友選手に拍手を送っていました。言葉は他人の心を動かす、武器にも凶器にもなり得る、形なき細小にして最大の文化ですね。