佐々木正洋のいまさら聞けない一般常識 ベテランアナがやさしく解説

2018.07.04

第25回 いいところ

友人に「いい店があるよ」って言われて新宿に行きました。新宿駅南口から5分といったところでしょうか。「犀門」という名前のお店でした。

“室生犀星”なる文人以外で「犀」の字が出てくる固有名詞は、僕はそんなに知りませんでしたから、却って印象に残りました。「さいもん」と読むのかなあ?などと思いながら、ビルの4階に向かうべくエレベーターを待っているとエレベーターの脇に、「SIMON」と店の名前が出ていて、「あ~シモンって読むんだ」と店内に入りました。愛想の良い大将に「シモン」というとお店の名前は「さいもん」と読むんですって言われました。

『え~、ローマ字読みだとシモンですよね』とささやかに抵抗したのですが、糠に釘、「さいもん」です、と言下に否定され、『そうだな、サイエンスって書いて《さい》って発音するもんな』って引き下がろうとしたんですが、考えてみれば“サイエンス”って綴りで書くと“science”となる訳で“SI”では始まらないんですね。まぁ、どう名前をつけようとオーナーの勝手ですけどね。そこにこだわっていると前に進めないって、割り切ったわけではないんですが、店内に入って店の雰囲気に浸ると、そんなことはついぞどうでもよくなりました。

いろんなサイズのケヤキの一枚板のテーブル、ステンドグラスをあしらった照明の笠、「さいもん」だからか、動物の「サイ」のシルエットを入れた鉄の格子を背もたれにさりげなく置かれている椅子。こだわりを感じさせるお品書きの表紙の模様。

あっ、そうですね。メニュー表が、或はメニューの冊子が魅力的なところは大概ウマいですよね。無論、だからこの店もなかなかウマい。この店で食べたあと、一週間以内なら、前触れもなく口に運ばれても「あっ、この味、犀門ですよね」って言えるくらい、味に個性があって飽きない味ですね。ほうれん草のグラタンなど、まろやかな甘みさえも感じさせる逸品の一品ですね。

店の名前にこだわるだけあって、大将はお店に誇りを持っていて、そういうところも客として嬉しいですね。腰かけて食べ物が飛ばないようにひざ掛けナプキンの様なものがありますかって聞いたら、すかさず大将が乾いた大きめのふきんを持ってきてくれました。忙しくてもこの気遣いが客を呼ぶんですよね。

お女将さんも一、二度行っただけで次からは「佐々木さん」って名前を言ってくれる。こういうのが食べ物の味に加えてプラスαになってお客さんが増えていくんですね。そのお店、平日でも6時半頃にはほぼ満席、になっているのは頷けますね。

よく、安いチェーン店などに行って「今日の料理ってあるけど、これナニ?」と聞くと「はあ、ちょっと待ってください」と注文も取らずに奥に引っ込む店員さんがいるところがありますよね、あれってアウトですね。きれいな女子大生のオネエちゃんあたりが料理運んでいてもダメですね。ああいうところ、なんでオーナーの人は客の心理がわからないのか僕は不思議でなりません。お金儲けしか考えてないとそういうことになっちゃうのかもしれませんね。

そう言えば昔、六本木に和食屋さんなんだけど場所柄、こじゃれたアジアンテイストのお店があって、そこで,マグロを頼むつもりできれいなオネエちゃんに「トロ、ある?」って聞いたんですね。そしたらそのオネエちゃん、「トロ…!?」と言ってしばし長い首を傾げていました。「ちょっと待ってください」と言って奥に引っ込んでやがてまたこちらのテーブルにやってきて「マグロなら、あります」と平然と答えていました。あれ、客がドリフターズの加藤茶なら上から金ダライが落ちてきているところですね。

しばらくしてそのお店の横を通ったら、そのお店なくなっていました。そういうもんですね。例えば、東京は新宿の飲食店って6000店以上あるんですね。その中から誰に紹介しても恥ずかしくない店、となるとそんなにないですね。新宿とか渋谷って、行った人ならわかりますが、あれだけ飲食店がひしめいていて意外に、「いいね!」って👍印をつけたい店ってそれほど出会わないですね。

ミシュランの☆が付いていればいいというものでもないですから。美味しかろう、高かろう、ならありますが。

じゃあ、全部の店に入ってみればわかるって、そりゃそうですが、1年間に300店に行っても20年間かかることになりますから、事実上無理ですね。結局、偶然出会うしかないんです。そうなんです、そんな店に偶然入ったんです。ラッキーでした。そういう店に入ると、食事も進むし、会話も弾みますね。読者の皆さんのマイ・ミシュランのお店はどこですか。

    佐々木 正洋
    佐々木 正洋
    1977年アナウンサーとしてテレビ朝日入社。16年間担当「夕刊キャッチアップ」の最高視聴率16%は今だ破られず。また、2002年出版の「ちょっとしたコツで誰でも『上手な話し方』が身につく」は、当時現役局アナとして近年初1万部を突破。猪木の闘魂ビンタの元祖。2012年独立。テレビ、ラジオで活躍の他、各種イベントの司会や講演を行い、「雑誌ネット」で記事批評を載せ、駒沢女子大学で講師を務める。インターネット、新聞などで世相を斬る、コラムニストでもある。北九州市観光大使