佐々木正洋のいまさら聞けない一般常識 ベテランアナがやさしく解説

2018.06.11

第23回 口は心の窓

「お茶たちょ茶たちょ ちゃっとたちょ茶だちょ 青竹茶せんで お茶ちゃとたちゃ」

これはアナウンサーの滑(活)舌を良くする練習に用いる言葉のひとつです。

読者の皆さんでこれをとちらずにスラスラ言える人がいたら、それはひょっとしてアナウンサーの才能があるのかもしれませんね。60歳以上で、これが簡単にできる人はプロの喋り手以外、僕は出会ったことはありません。今やってみて、出来たら自慢して結構ですよ。年末の宴会などで一発芸でもやたら受けること間違いなしです。

僕らアナウンサーは出会った視聴者や聴取者の方々から「早口言葉とか、どんなのをやるんですか?」といった質問をよく受けます。

でもその質問は的確ではないんですね、というのも前述した「お茶たちょ…」も早口言葉が言えるようになるためではなく、「滑舌を良くするため」の練習なんですね。

実際、放送で早口で何かを言わなくてはいけないといったケースはほとんどなく、多くのケースがはっきりと伝えなくてはいけない、ということなんです。

だから舌を噛みそうな言葉を早くはっきり言えるように練習するのは、あくまで視聴者に一つの物事をわかり易く、的確にはっきりとした音(オン)や声で伝えるという目的の為ということになります。

こういう言葉は他にもいくつもあります。「青巻紙(あおまきがみ)赤巻紙(あかまきが)黄巻紙(きまきがみ)」や「京の生鱈(なまだら)生まながつお」、かなり難しいのになると「菊桐(キクキリ)菊桐、三菊桐(ミキクキリ)合わせて菊桐、六菊桐(ムキクキリ)」なんていうのもあります。おなじみのところでは「この杭(クイ)の釘は引き抜きにくい」、「東京特許許可局」などがありますね。ここに挙げたものだけでも全部言えたら、もうあなたは宴会芸で悩むことはなくなります。特に小道具を使わなくてはいけないものでもないし、60歳以上の方がこれを見事にこなせば周りから「おーっ、すごいね」と感心がられますし、ちょっと早いですが、ボケ防止にもなります。

そういうことを言おうと思って今日は書き始めたわけではないんですが、これらを言えたらそれだけで、自分自身、楽しくなること請け合いですね。生意気ついでに言わせて頂くと、言葉をトチッてしまったときに、今の世の中、若いアナウンサーまでもが「今、ちょっと噛んじゃいましたが…」などと口にしている場面にお目にかかります。あれって、本来、そんな日本語はないんです。

でも、いつの頃からかトチったことをみんなそういう風に言い始めています。そうすると言葉は法律で決まっているものではないので、その内それで通ってしまうんですね。言葉はその時代の文化ですから。

とは言っても「うぜー」とか「だせー」、「やばい」、「やべー」などと言った言葉には、僕は大手を振って歩いて欲しくないですね。教養があろうがなかろうが使いやすいから、猫も杓子も口にするんでしょう。

そうしてみると、古典に出てくる言葉というのは「いとをかし」に代表されるように、意味がおぼろげでもどこか風情を感じさせる音(オン)を使った言葉が多いですね。今流行(ハヤリ)の「不倫」という言葉にしても、昔から良い意味の言葉ではなかったことは確かですが、いわゆる「浮気」というのとは違う、もっと深刻で陰なる表現で、ある意味しっとりとした、時にはドロドロした男女の不貞を表した言葉だったように記憶していますね。

つまりどんな言葉も現代より重かったんじゃないかなと。

今はIT(情報技術),AI(人工知能)、IoT(Internet of Thingsモノのインターネット化)といった時代で、とにかくスピード、情報の合理化といったことを最優先に考える時代で、言葉の持つ情緒なんていうものは二の次、三の次といったところかもしれませんね。それでも意味が解らなくてもフランス語の響きは美しいし、心地よい音(オト)として耳に届きますね。現代の日本語は外国人にはどう響いているのか知りたくなってきました。少なくとも昔の日本語よりもきれいな音が少なくなってきている気がしますが。

なんだか真面目な話、一辺倒になってしまって申し訳ないですね。ここで、笑える、実際にあったアナウンサーの言葉の間違いを披露しておきますね。軽いジャブ程度の間違いなら「デビ夫人」を「デブ夫人」と言って彼女が怒って帰ろうとしたという話もありますが、最も有名なのは「旧中山道(キュウナカセンドウ)」の読み間違い。一見、間違えようのないようなこの言葉ですが、緊張した新人アナウンサーが思わず口にしたのが「1日中(イチニチジュウ)山道(ヤマミチ)」だったのです。運の悪いことに文章が「旧中山道を一人の旅人が歩いていました」というような、読み間違えても意味が通じる文章が書かれていたというんですね。アナウンサーの端くれの僕なんかにしてみれば笑えない、視聴者にしてみれば大笑いの一件でした。

僕も他人のことをとやかく言える立場ではなく、局アナ時分、かの「夕刊キャッチアップ」で時間ギリギリに新聞記事のひとネタ入れた時に「【混浴は】からだにいい」と言ってしまったんですね。「へーっ、そうなんですか!」と、逞しい想像をめぐらし、なんか変な健康法だなと思いながらも、その時はまだ間違いに気が付いていなかったんですが、ふともう一度新聞に目を落とすと、【混浴】ではなく【温浴】だったんですね。顔から火が出るほど恥ずかしい思いをしたのを今でも覚えています。

こんなだらしない出来事で今回のコラムを引き揚げたくないので、僕が最も美しいと感じている詩を文末に載せておきますね。

 

甃のうへ  三好達治

 

あはれ花びらながれ をみなごに花びらながれ をみなごしめやかに語らひあゆみ うららかの跫音〔あしおと〕空にながれ をりふしに瞳をあげて 翳〔かげ〕りなきみ寺の春をすぎゆくなり み寺の甍〔いらか〕みどりにうるほひ 廂〔ひさし〕々に 風鐸〔ふうたく〕のすがたしづかなれば ひとりなる わが身の影をあゆまする甃〔いし〕のうへ

 

 

「甃」は「しきがわら」、「いしだたみ」と読む漢字ですが、ここでは「いし」と読ませるそうです。

    佐々木 正洋
    佐々木 正洋
    1977年アナウンサーとしてテレビ朝日入社。16年間担当「夕刊キャッチアップ」の最高視聴率16%は今だ破られず。また、2002年出版の「ちょっとしたコツで誰でも『上手な話し方』が身につく」は、当時現役局アナとして近年初1万部を突破。猪木の闘魂ビンタの元祖。2012年独立。テレビ、ラジオで活躍の他、各種イベントの司会や講演を行い、「雑誌ネット」で記事批評を載せ、駒沢女子大学で講師を務める。インターネット、新聞などで世相を斬る、コラムニストでもある。北九州市観光大使