佐々木正洋のいまさら聞けない一般常識 ベテランアナがやさしく解説

2018.02.28

第15回 平昌五輪に思うこと

意外に盛り上がりましたね、平昌。どこからか「そだねー」と聞こえてきそうです。

小学4年生の時に見た東京オリンピックは54年前の1964年。

あれ以来、「オリンピック」と聞くと胸躍る世代ですよね60代以上の僕たちは。

北朝鮮の政治問題も絡んで、最初はどこかしらけていた感の強い今回のオリンピックでしたが、徐々に日本選手の活躍で国内は純粋な感動に包まれ始めました。

よく、感動したり、あまりにもすごいものを見た時に「鳥肌が立つ」という表現を使いますが、アナウンサー時代、あれは言葉として間違いだと教わってきました。

正しくは、恐怖や危険、極寒の地などで「鳥肌が立つ」という言葉を使い、どちらかというと嫌悪感の表現としての言葉だと習ってきたんです。

私自身、それが正しい日本語の使い方だと信じてきました。

ところが、羽生結弦選手のフィギュアスケート・ショートプログラムを見終わった後、僕は本当に「鳥肌が立った」んです。

美しいもの、感動するものを見ても人間、「鳥肌が立つ」ものなんですね。

今までは「鳥肌が立つ」という表現を軽々しく使うのは、未熟なリポーターの象徴みたいに思っていました。

何か食べた後に「ジューシーな」と表現するの同じような感じですね。

安易で安っぽい言葉だと、そういう言葉でしか表現できない喋り手を小バカにしていたんですけど、これは考えを改めなければいけませんね。

今後は、「良くも悪くも、突然に、あまりにも驚愕な体験をしたとき」、或は「気持ちの高ぶりを感じたとき」に使う言葉、としたほうが良さそうです。

今回の平昌オリンピックで日本選手金メダル第一号が羽生選手だったんですが、この2月17日、「羽生」が勝って「羽生」が負けたんですね。

同じ漢字の苗字ですが、かたや「ハニュウ」でかたや「ハブ」、そうなんですね、羽生竜王が藤井聡太五段(当時、現在は六段)に負けたのもこの日だったんですね。報道の現場では伝えるのに少し混乱したそうです。面白い巡り合わせですね。

さて、ここからが本題です。カーリングがとにかく面白い! 平昌五輪ではこのカーリングが日本を席巻したと言っても過言ではありません。

羽生結弦のフィギュアも高梨沙羅のジャンプも小平奈緒のスピードスケートもみんな感動モノでしたが、とどめを刺したのが、このカーリングでした。

「なんだ、佐々木も世の中に流されて」と言う人もいるでしょうが、僕は以前からこのカーリングが大好きで、人に説明するときは、“おはじきのお化け版”という説明をしていました。

しかも不遜なことに、以前は、「あれだったら僕でも今から練習すればかなりイケるんじゃないかな」なんて思っていたんです。そう素人に思わせるほど、かつては現在のような高い難易度は感じなかったんです。

もちろん、今はもうそんなこと微塵も思っていません。針の穴を通すような高度な技術が要求されることをきちんと理解しています。

ところで、あのブレイクタイムの「おやつ」は昔からあったんですかね?

僕の周囲でも「バナナを食べていた」、「いや、イチゴを食べていた」、そしてお店で売り切れになるほど話題になった「赤いサイロ」なるチーズケーキを食べていたと、もうそれはそれは大騒ぎです。

話題になっているのは「おやつ」ばかりではありません。競技そのものも、少し前に比べれば、かなり市民権を得たのではないでしょうか。

イギリスに勝って、銅メダルを手にした彼女らに熱い拍手を送る人の数は、去年だったらブルゾンちえみ風に「35億!」と声がかかったかもしれません。

あともう一つ、カーリング人気に拍車をかけた大きな「理由」がありますよね。

どのチームも必ず美女がいたんですね。

韓国では、メガネ先輩と言われたキム・ウンジョン選手もその一人に挙げられていましたが、カーリングでメガネで美人ちゃんは個人的にはロシアのガリーナ・アルセンキナ選手が好きですね。

もちろん日本のカーリング美人は藤澤五月選手ということになるのでしょうが、彼女の真剣なプレーはそんな男どものよこしまな気持ちを忘れさせる素晴らしいものでした。あれって、2時間も3時間もプレーしているのを真剣に見ていると、見ている僕らだって相当疲れてしまうほどですから、彼女たちの疲労度は想像を絶するものがあったでしょうね。

カーリングに使う20キロの石(花崗岩で出来ているんだと言ってました)が、すでに置かれている石の横、2、3㎝を通していくときはこちらまで体をよじらせたくなるほどです。

あまりに夢中で見ていて、選手の陰になって石の動きが見えない時に『見えない!』とテレビに向かって言ったときは我ながら『アホか⁉』と思ってしまいました。

10エンドまでの1投ごとに戦況が変わる様は、まるで人生さながら、「塞翁が馬」というか「災い転じて福と為す」というか、選手の心臓の鼓動がこちらまで伝わってきそうでした。

ですからオジサンたちでも、準決勝で韓国に敗れて泣き、3位決定戦でイギリスに勝って泣き、選手の彼女たちと気持ちのシンクロがありましたよね。

あと、気づいたことなんですが、LS北見の選手の口から「そだねー」というなんとも微笑ましい訛り言葉が出るときは余裕があるときで、準決勝の韓国戦ではほとんど出なかったんですが、3位決定戦のイギリス戦では辛うじて2回ほど聞こえてきたんですね。

このとき、僕は「勝った」と確信しましたね。

とかく今の若者は、と言いたくなる一方で、これほど爽やかでチャーミングな日本の若者が闊歩している、いい風景ですね。

1964年昭和39年の五輪とは夏と冬でそもそも違いますが、マラソンで銅メダルをとった円谷幸吉選手がその後、皆からの重圧に耐えかねて自殺した時のあのせつなく悲しい遺言を忘れませんが、あれから半世紀、おしなべて世の中は明るくなり、日本も豊かになりました。変哲の無い感想で恐縮ですが、今回の五輪では「復活」、「諦めない」ということを教わりました。

平昌五輪を総括すると、異次元のスポーツマンによる最高のスポーツエンターテインメントでした。2020年にはどんな喜びが訪れるでしょうかね。

政治も経済も、不安がぬぐい切れませんが、スポーツだけは、妙な横やりが入らないことを切に願います。

    佐々木 正洋
    佐々木 正洋
    1977年アナウンサーとしてテレビ朝日入社。16年間担当「夕刊キャッチアップ」の最高視聴率16%は今だ破られず。また、2002年出版の「ちょっとしたコツで誰でも『上手な話し方』が身につく」は、当時現役局アナとして近年初1万部を突破。猪木の闘魂ビンタの元祖。2012年独立。テレビ、ラジオで活躍の他、各種イベントの司会や講演を行い、「雑誌ネット」で記事批評を載せ、駒沢女子大学で講師を務める。インターネット、新聞などで世相を斬る、コラムニストでもある。北九州市観光大使