佐々木正洋のいまさら聞けない一般常識 ベテランアナがやさしく解説

2018.01.10

第10回 生まれて初めての元旦

美しい初日の出でした。平成30年1月1日元旦6時52分、何とも言えない光景でした。

『今年はみんなにとって佳い年になりますように』と静かに念じるようにひとり、手を合わせていました。
これが初体験でした。いや、もちろん、初日の出が、ではありません。
初日の出を見た場所が病院だったんです。
そう、12月30日から1月4日まで、まさに晦日から正月にかけて入院していたんです。

医者の見立てでは何でも右突発性難聴とかで。
29日夜熱海に到着して、駐車場で両脇に車が止まっている決められた場所に、バックで入れようとてこずっている間に、なぜかにっちもさっちもいかなくなり、突然「ガリガリ」と嫌な音が聞こえてきました。
車止めの縁石でタイヤのホイールを、『ありゃ、やっちゃった!』と思った瞬間、「ツーン!」という耳鳴りが発生しました。

耳鳴りがした、ということはこれまで経験したことはありましたが、突然ボンと大きな耳鳴りが聞こえ始めた、というのは初めてだったんですね。
聞こえる音は「ガリガリ、ツーン」ですからね、「これから温泉三昧だぁ!」と浮かれていた気分はすっかり消え失せ、うなだれるようにして部屋に入っていったんです。

カミさんがいつになく心配して、翌30日、普通に営業⁉している国際医療福祉大学熱海病院で聴力検査、即入院となったんです。

いい先生に当たったと思います。言葉の運びがテンポよく迷いがないんです。耳鼻咽喉科に入っていくときは「(先生の)ご指名はありますかぁ?」とどこかで聞いたことのある様なセリフを耳にして急に不安になって弱々しい声で「いえ、どなたでも」と応えざるを得なかったんです。

時期が時期だけに急診に備えたアルバイトの先生かと思いきや、運よく、耳鼻咽喉科部長で医局長、まだ40代前半と思しき慶応大学医学部出身のバリバリの原田竜彦先生に診察を受けることになったんです。

耳鳴りくらいで入院なんて甘く見てはいけないんですね。突発性難聴って絶対安静でステロイドの点滴をやるんです。30日から始まったんですが、この点滴をやるのに、また若き白衣の天使が現れたんですね。若きと言うより、うら若き、という表現の方がピッタリかもしれないんですが、「あれっ、間違えちゃった、(針を刺すのを)やり直していいですか」と場違いに明るいメガネをかけた看護師さんでした。管に気泡が見えた時はさすがに「大丈夫?」と聞きましたが、「ちょっとなら」と答えられ、余計に心配になってしまいました。

やっぱり新人さんでした。

後で病室に来たときは「管の中の気泡はよっぽどでないと大丈夫ですよ」とこちらが不安を覚えている点に触れ、『さすが患者の心配を読んでいるんだな』と感心したのですが、その後のひとこと「今、調べてきましたから」は、言ってほしく無かったですね。

それでも真面目に健気に一生懸命看護している姿はなかなか尊いものです。
105歳でなくなった、かのレジェンド医師、日野原重明先生が生前「医療技術は科学であり患者と接するのはアートです」と心のつながりを重視した看護姿勢を口にしていたテレビの一場面を覚えていたので、そのままそのうら若き看護師さんに伝えました。

そしたらちょっと間があって「頑張ります!」と屈託のない返事でした。濁りのない、いい娘なんだろうなとつくづく思いました。

もう二度と正月に入院なんてしたくはありませんが、ひとりでじっくり紅白歌合戦を見て安室ちゃんが、と言っても、もう40歳なんだとか、彼女と一緒に「Hero」を口ずさみ、他に誰もいない大部屋を満喫した次第でした。
ふと思ったのですが、年末年始はいつも満床のベッドがガラガラになるそうです。
ということは、まるで老人ホームのように使用しているお年寄りも結構いるということなんですね。

理由はともかくお正月くらいは実家で過ごそうという方、過ごせるという方が多いということになりますね。
それが悪いと言っているのではなく、ツウ⁉の皆さんは病院をそういう風にも利用しているんだな、と思ったものです。

そして迎えた元旦、大部屋でも窓際は一日2,000円の負担増になる窓一杯に広がる海、初島を望むわずかに雲がかかった水平線から昇る太陽、やがて名医と呼ばれる日が来るであろう原田先生、清々しい看護で患者さんの命を活かす看護師さん、大みそかに、元日に、おせちをもって見舞いに来た家族、その甘さが優しさのように受け取れた絶品のイチゴを携えて見舞ってくれた中島水産の中島幹雄社長、素直に自分以外のみんなに幸多かれと祈った初日の出でした。

元旦、その「旦」の漢字が表すように僕の心の中でも平成30年、日が昇ってきました。まんざらでもなかった病室で迎えた正月、耳鳴りはまだわずかに残っています。

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    佐々木 正洋
    佐々木 正洋
    1977年アナウンサーとしてテレビ朝日入社。16年間担当「夕刊キャッチアップ」の最高視聴率16%は今だ破られず。また、2002年出版の「ちょっとしたコツで誰でも『上手な話し方』が身につく」は、当時現役局アナとして近年初1万部を突破。猪木の闘魂ビンタの元祖。2012年独立。テレビ、ラジオで活躍の他、各種イベントの司会や講演を行い、「雑誌ネット」で記事批評を載せ、駒沢女子大学で講師を務める。インターネット、新聞などで世相を斬る、コラムニストでもある。北九州市観光大使